ゆいモノレール県庁前駅から20分、首里駅に到着です。
今回は首里城周辺をフラフラしながら識名宮をめざします。
■首里城公園
ここから首里城公園に入ることができます。
訪問したのは2月ですが沖縄には春が来ていました。
首里城は琉球王国を統治した尚氏の王城で尚巴志が王家の居城と定めます。
第一尚氏は7代 63年続くのですが、最後の王である尚泰久王の死後、重臣の金丸がクーデターを起こして王位に就き尚円王を名乗ります。
これを第二尚氏といいます。
第二尚氏は19代 410年間続き、廃藩置県まで琉球を統治します。
修学旅行のシーズンなのか、制服を着た高校生らしきグループもちらほら。
この場所では、破壊を免れた城壁が保存されています。
■守礼門
首里城のシンボル的な門で、二千円札のデザインにも採用されています。
首里城のシンボル的な門で、二千円札のデザインにも採用されています。
冊封使を迎えるために作られたもので、扁額の「守禮之邦」は中華皇帝に対する礼を意味しています。
守礼門は沖縄戦で焼失し昭和33年に再建されます。
■園比屋武御嶽
王府の祈願所です。
王府の祈願所です。
神社の拝殿に当たるのが写真の石門で1519年、尚真王の時代に建立されています。
旧国宝に認定されていましたが、沖縄戦で大破し、1957年に復元されます。
■歓会門
■瑞泉門
瑞泉門の近くには龍樋という湧水があります。
■龍樋
瑞泉門の言われとなった泉です。
かつては鉄砲水のように勢いよく水が噴き出していたと伝えられています。
瑞泉門の言われとなった泉です。
かつては鉄砲水のように勢いよく水が噴き出していたと伝えられています。
龍樋は沖縄戦で奇跡的に破壊を免れたので首里城のパワースポットと呼ばれています。
■漏刻門
この門に漏刻が設置されていたため漏刻門と呼ばれます。
門の前には日時計も置かれており、2つの時計で時刻を測り知らせていました。
■首里城北殿
漏刻門は北殿に接しており、そこから北殿の焼け跡を見ることができます。
焼け跡の撤去作業が始まった頃なので、まだ焼け残った建物が生々しく残されていました。
福を行きわたらせるという意味の廣福門を抜けて奥に進みます。
■奉神門
門の隙間からは、燃え残った正殿前の龍柱が見えました。
■首里城南殿
奉神門を抜けると今度は、南殿の方向から正殿を見ることができました。
火災から4か月近くたつのに、かすかに焦げ臭い匂いがしてきました。
早く復興が進むことを祈ってしまいます。
首里城公園をフラフラ、、、
順路に従って首里城本殿の周りを歩いていくと、守礼門の近くまで戻ってきました。
■弁天堂
円鑑池にあるお堂で、島にかかる橋を天女橋といいます。
元々は朝鮮王から贈られた方冊蔵経を納めていた場所でしたが、薩摩の琉球侵攻により、お堂と方冊蔵経は失われ、その後弁天堂として再建されます。
■円覚寺跡
かかっている橋の匂欄羽目の彫刻は沖縄の石彫美術の最高傑作といわれています。
■沖縄師範学校跡
円覚寺の向かいにあります。沖縄師範学校の跡地に建てられた石碑と当時の門柱です。
沖縄師範学校の女子部と沖縄県立第一高の教師と生徒で構成された部隊がひめゆり学徒隊になります。
■第32軍司令部壕
沖縄戦での日本軍の司令部が置かれた壕になります。全長1000メートルを越えるコンクリートで固められた巨大な壕で1000人を収容していたといわれています。
沖縄戦での日本軍の司令部が置かれた壕になります。全長1000メートルを越えるコンクリートで固められた巨大な壕で1000人を収容していたといわれています。
■龍潭池
この池にはバリケンという謎の鳥が住み着いています。
龍潭池は池越しに首里城を綺麗に望める場所で、正殿の火災の時はここから撮影された映像がテレビで流れていました。
これから復興作業が本格化するとはいえ、痛々しい姿です。
首里城公園から指司笠樋川へ、、、
公園の外に出てきたので、周辺をフラフラしながら識名宮を目指します。
公園の外に出てきたので、周辺をフラフラしながら識名宮を目指します。
カンヒザクラが咲いている住宅街の道を行きます。
■指司笠樋川
指司笠樋川は尚家(琉球王の末裔)の敷地内にある格式の高い樋川です。旱魃でも枯れなかった井戸と伝わります。
拝所も設置されており、井戸を拝みに来る人もいるそうです。
拝所は神秘的な雰囲気で圧倒されます。
■玉陵
指司笠樋川をでて元来た道を戻りつつ、玉陵に向かいます。
石室は中室、東室、西室に分けられています。
沖縄は風葬の風習があり、亡くなった後、遺骸が骨になるまで中室に数年間納められます。
その後、洗骨され王と王妃の遺骨は東室に、他の王族は西室に葬られます。
■金城町石畳道
玉陵をでて、金城町の石畳道に向かいます。
金城町には当時の石畳道が残っており、琉球王国の面影を残す場所として日本の道100選にもえらばれています。
その方向に進むと内金城御嶽につきます。
■内金城御嶽(金城町の大アカギ)
ここも先ほどの指司笠樋川と同じく圧倒される空気が流れています。
この御嶽の境内にあるのが金城町の大アカギと呼ばれる木で、推定樹齢は200年以上と言われています。
かつて首里城周辺はこのような大木がいくつもあり、昼でも薄暗かったと伝わっています。
沖縄は日陰がないと外を出歩けなくらい、夏の直射日光が強い場所です
■金城大樋川
内金城御嶽から石畳に戻っていくと、少し開けたところに出てきます。
ここに来ると首里が石畳の町だったと感じることができます。
■真珠道(まだま道)
金城町の石畳を降りてきたのですが今度は急な登り坂が続きます。
金城町の石畳を降りてきたのですが今度は急な登り坂が続きます。
■繁多川
ここから住宅街を進むと大きな道に出ます。識名園まではあと少しといったところです。
■識名園
園内は回遊式庭園となっており、沖縄風の東屋や、中国風の橋が配されていて、琉球独特の様式の庭園になっています。
識名園は沖縄戦で壊滅的な被害を受けたため、今の建物は復元されたものになります。
東屋ではちょうど結婚式が行われてました。
お祝いの三線の音が外まで聞こえてきて厳かな雰囲気が伝わってきます。
■識名宮
識名園から道沿いに坂を下っていくと目的地の識名宮に到着です。
小さな神社ですが参拝者は多めでした。
拝殿の中には御嶽の作法で祈る人もいました。
御祭神は熊野三神と牛ぬふぁ神、識名権現です。
牛ぬふぁ神は琉球の神様で丑の方角(南)の守り神から転じて丑年の干支の守り神になっています。(決して打ち間違いではないです
■狛犬
本殿はあまり見ないデザインのシーサーが守っています。
最後に。。。
神社の参拝も終えたので、首里駅に向かって歩いていると交通事故の現場に出くわしました。
神社の参拝も終えたので、首里駅に向かって歩いていると交通事故の現場に出くわしました。
事故を起こしたのは在日米軍の関係者のようです。
日米地位協定により、日本の警察は介入できないため、米軍の警察によって事情聴取が行われていました。
A.首里駅
B.国王頌徳碑(首里城公園入口)
C.守礼門(園比屋武御嶽)
D.歓会門
E.瑞泉門・龍樋
F.漏刻門・首里城北殿
G.円覚寺跡・沖縄師範学校碑
H.弁天堂
I.第32軍司令部壕
J.龍潭池
A.龍潭池
B.指司笠樋川
B.指司笠樋川
C.玉陵
入場料 300円
午前9時~午後6時(入場締切 午後5時30分)年中無休
所在地:那覇市金城町1-3
入場料 300円
午前9時~午後6時(入場締切 午後5時30分)年中無休
所在地:那覇市金城町1-3
D.金城町石畳道
E.内金城御嶽(金城町の大アカギ)
所在地:沖縄県那覇市首里金城町3
所在地:沖縄県那覇市首里金城町3
F.真珠道
G.繁多川
所在地: 沖縄県那覇市繁多川2-36-1
所在地: 沖縄県那覇市繁多川2-36-1
H.識名園
入場料 400円
4月1日~9月30日 午前9時~午後6時(入場締め切り 午後5時30分)
10月1日~3月31日 午前9時~午後5時30(入場締め切り 午後5時)
所在地:沖縄県那覇市字真地421-7
入場料 400円
4月1日~9月30日 午前9時~午後6時(入場締め切り 午後5時30分)
10月1日~3月31日 午前9時~午後5時30(入場締め切り 午後5時)
所在地:沖縄県那覇市字真地421-7
I.識名宮
沖縄県那覇市繁多川4丁目1−43
※神職が常駐していないので御朱印は事前連絡が必要
沖縄県那覇市繁多川4丁目1−43
※神職が常駐していないので御朱印は事前連絡が必要
鹿児島中央駅から特急きりしま号で1時間。霧島神宮駅に到着です。
今回は霧島神宮と神宮周辺に伝わる「霧島の七不思議」を探してフラフラしようと思います
入口に鳥居のあるユニークな駅舎を出ると、駅の隣には足湯があります。
バスに乗ろうと駅前のバス停を見ると。
便がない。。。
便がない。。。
平日8便、休日は6便しかありません。
霧島神宮駅という駅名ですが、駅から霧島神宮までは5.4キロあります。
霧島神宮駅という駅名ですが、駅から霧島神宮までは5.4キロあります。
徒歩で向かうには厳しいので、諦めてタクシーで行くことにします。
■霧島神宮
主祭神は天津日高彦火瓊瓊杵尊(ヒコホノニニギ)です。
相殿には、ヒコホノニニギの妻の木花開姫尊(コノハナヒメ)。
息子の彦火火出見尊と息子の嫁の豊玉姫尊。
孫の鵜鷀草葺不合尊と孫の嫁の玉依姫尊。
そして、ひ孫の神倭磐余彦尊(神武天皇)が祀られています。
ヒコホノニニギが高天原から降臨されたときに、高千穂の峰に降りたったという神話に基づき創建されます。
創建は6世紀。慶胤上人が瀬多尾に社殿を建てたのがはじめといわれます。
ただ、このあたりは日本でも有数の火山地帯のため、噴火に巻き込まれ何度も社殿は炎上。
文明16年(1484年)に藩主島津忠昌により現在の場所に再建されています。
参道には西郷従道が奉納した石灯籠があります。
■本殿
社殿はいずれも朱塗りの華麗なもので「西の日光」とも呼ばれます。
杉の苗木も参拝者に配っていました。
■御神木
本殿前にある樹齢800年の杉の木です。
本殿前にある樹齢800年の杉の木です。
本殿の境内の外から見ると。。。
こんな感じです
にぎやかな本殿を外に出て、案内表示の指す方向に進むと、杉木立の中に山神社があります。
■山神社
この神様はヒコホノニニギの義理のお父さん(コノハナヒメの父親)です。
ひょっとしたら、嫁入りした娘をここから見守っているのかもしれません
霧島神宮から霧島の七不思議探しへ、、、
■霧島の七不思議
このうち
6.は霧島の山中や竹やぶに陸稲が生える
7.は霧島神宮で夜中に神楽が聞こえる
という出来事のようです。
6.は霧島の山中や竹やぶに陸稲が生える
7.は霧島神宮で夜中に神楽が聞こえる
という出来事のようです。
この2つは見に行くことができないので、残り5つを探しに行こうとおもいます。
■亀石(霧島の七不思議)
■風穴(霧島の七不思議)
■若宮神社
石段を降りたところにありました。
石段を降りたところにありました。
水の神様が2柱もいます
■御手洗川(霧島の七不思議)
若宮神社の隣を流れる川です。
若宮神社の隣を流れる川です。
年間降水量の変化で起こる現象とのことです。
訪問したのは2月だったので水はほとんど流れていませんでした。
■鎮守神社
御手洗川の近くにある神社で、御祭神は天照大御神です。
■五輪塔(性空上人墓?)
この五輪塔も御手洗川の近くにあります。
霧島山で修行を積んだこともあり、このあたりに多くの足跡を残しています。
■両度川(霧島の七不思議)
道をさらに進むと両度川があります。
こちらの川は、毎年6月から水が流れだし、8月から9月には水が枯れる不思議な川です。
■華林寺跡
両度川の川沿いにあるのが華林寺跡です。
真言宗のお寺で霧島神宮の別当寺でした。
真言宗のお寺で霧島神宮の別当寺でした。
江戸時代には支坊が7坊もあったと伝わる大きなお寺でしたが、今は支坊の石垣と住職の墓が残るだけとなっています。
■千滝
道をさらに進んで千滝に到着しました。
新燃岳の溶岩を川が削り取ってできた滝です。崖の真ん中から地下水が湧き出しています。
新燃岳の溶岩を川が削り取ってできた滝です。崖の真ん中から地下水が湧き出しています。
新燃岳の噴火で噴出された大量の土砂の流出を防ぐために砂防ダムの建設が行われいます。
この光景も圧巻です。
この光景も圧巻です。
千滝から文字岩へ、、、
ここまできて、文字岩探しに向かいます。霧島神宮から国道沿いに2キロのところにあるようなので、国道に出るため来た道をもどります。
道は梅が咲いており春の訪れを告げてます。
■坊主墓
霧島神宮から国道に向かう橋を渡ったところにあります。
華林寺で亡くなった歴代住職のお墓や五輪塔が百数十基並んでいます。
国道223号線をフラフラ、、、
道では農家さんが無人販売を行っていました
グーグルマップでは、さくらさくら温泉の入口に当たる場所に文字岩の入口表示があります。
■文字岩(霧島の七不思議)
確認できる七不思議の中では行くのが一番大変です。
確認できる七不思議の中では行くのが一番大変です。
文字岩は山中にある不思議な大岩で、割れ目にある10センチぐらいの隙間をのぞくと、中に字が彫られているのが見えるそうです。
グーグルマップでは表示されず、案内表示だけが便りです。
途中、周囲が開けると山の中腹まで登ってきたことがわかります。
整備された階段を登ると文字岩があります。
文字が刻まれているのは10センチくらいの隙間と聞いているので、ここかなと、あたりをつけて中を見てみました。
???、、、
刻まれた跡のようなものはあるのですが。。。
残念ながら、文字のようなのは見つけられませんでした。。。
文字岩から霧島神宮へ、、、
■霧島民藝村
霧島神宮の大鳥居の近くにある建物です。
霧島神宮の大鳥居の近くにある建物です。
バスの時間までまだあるので立ち寄りました。
中は龍神焼という霧島の土で作った焼き物、屋久杉を使った木工品などが展示販売されていました。
お手頃なお値段の物もあったのでお土産に龍神焼を購入
霧島神宮は日本最大のパワースポットと言われてますが、日向三代の神様夫妻と義理の父親と祖母(天照大御神)が一つの場所にいるのですからそう呼ばれるのもわかる気がします。
霧島神宮から高千穂の峰に登って行くとさらなるパワースポットの天の逆鉾があります。今度は装備を整えて山登りにチャレンジしてみたいものです。
日本全国の一之宮をフラフラ巡っています。こちらも見てくださいね
・霧島神宮
・山神社
・亀石、風穴
・山神社
・亀石、風穴
A.御手洗川・鎮守神社・五輪塔
B.両度川・華林寺跡
御手洗川から徒歩5分
御手洗川から徒歩5分
C.千滝
両度川から徒歩10分
所在地:鹿児島県霧島市霧島田口2587
両度川から徒歩10分
所在地:鹿児島県霧島市霧島田口2587
D.坊主墓
千滝から徒歩20分
千滝から徒歩20分
E.文字岩
坊主墓から徒歩60分
坊主墓から徒歩60分
F.霧島民芸村
文字岩から徒歩60分
所在地:鹿児島県霧島市霧島田口2458
文字岩から徒歩60分
所在地:鹿児島県霧島市霧島田口2458
※御朱印は2018年3月にいただいたのですが、改めてフラフラします。
鹿児島中央駅からJR鹿児島本線で40分。川内駅に到着です。
今回は新田神社から甲冑工房丸武を目的地に川内川周辺をフラフラします。
駅前からまっすぐ伸びる道を右に入ると商店街に入ります。それを抜けると川内川が流れています。
ちょうど原料のパルプを搬入していました。トラックをダイレクトに傾けるんですね。。。
■新田神社一の鳥居
参道は桜並木になっており、地元の美術クラブが作成した彫刻が並んでいます。
鳥居を進むとあるのが五輪の塔「當寺 文久三年 十五代」と刻まれています。
江戸時代の15代目の住職にかかわるものなのでしょうか。。。
江戸時代の15代目の住職にかかわるものなのでしょうか。。。
しばらく進むと「憲秀法印之碑」と彫られた碑もありました。神仏分離で廃絶したお寺がここにあったのかもしれません。
鹿児島は廃仏毀釈が激しく薩摩藩内のあったすべての寺が破却されたと伝わっています。
参道を抜けると二の鳥居が見えてきます。
■新田神社(薩摩国一之宮)
本殿の横にはニニギノミコトの陵墓があり、その御霊を祀ったのが創始となります。
参道は急な石段がまっすぐ続きます。
しばらく登ると石段は一旦途切れ、開けたところに出てきます。
承安三年(1173年)まで新田神社の本殿はここにあったそうです。元の本殿は火災により焼失したため、山頂付近に遷座したと伝わります。
当時の礎石が今も大切に残されています。
礎石の奥には末社が並んでいます。左から「早風神社」「中央神社」「高良神社」です。
■狛犬
再び石段を登ります。左右には獅子と狛犬がひかえてます。
最近、狛犬の分類というのを知ったのですが、これは浪花狛犬でしょうか。。。
■大樟
石段の途中には大樟があります。樹齢650〜800年、高さは20メートルにもなる巨木で、地上2メートルのところには大穴牟遅神の彫刻が彫られています。
■子だき狛犬
石段を登り切ったところにある狛犬です。
■拝殿
社伝によると、山の中腹にあった社殿が焼失後現在の場所に移され、慶長六年~七年(1601~1602)にかけて島津義弘の命により現社殿に改築されました。
■可愛山陵
新田神社から中陵神社・端陵神社へ、、、
もと来た石段を下り、二の鳥居を右へ山際に沿う感じで進んでいきます。
周りは住宅街が広がります。
■中陵神社
明治時代に比定された陵墓ではありますが、神話時代の神様の陵墓が語り継がれて残されていることに驚かされます。
■端陵神社
川内川沿いにフラフラ、、、
川内川の川岸には神社が点在しているようなので、それを巡りつつ河口にある甲冑工房丸武に向かって歩きます。
■九樓神社・守公神社(新田神社末社)
小学校の近くにある神社です。守公神社は薩摩国総社とも伝わる神社です。
■武内神社(新田神社末社)
お社の横には沖縄でよく目にする石敢當がありました。
川内港から薩摩に渡った琉球人の子孫がこの辺りに住んでいるかもしれません。
鹿児島のお墓には沖縄のお墓と同じく家形のものが多くみられ、琉球の影響を感じることがあります。
鹿児島のお墓には沖縄のお墓と同じく家形のものが多くみられ、琉球の影響を感じることがあります。
■霧島神社
川内川をひたすら、、、
川の土手をひたすら歩きます、振り返るとパルプ工場が小さくなってました。
だいぶ歩いた感じですがまだ予定の道のりの半分しかきてません。。。
だいぶ歩いた感じですがまだ予定の道のりの半分しかきてません。。。
■南方神社
お賽銭箱の横に、A4の紙にコピーされた由緒書きが置いてありました。小さな神社は来歴不明で困ることがあるんですが、作成された地元の方に感謝です。
地域に愛されている神社なんでしょうね。
地域に愛されている神社なんでしょうね。
由緒書きによると御祭神は健南方命と八坂刀賣命。明治時代までは諏訪神社と呼ばれていたそうで、寛文八年(1668年)島津氏によって勧請されたと伝わります。
もともとは上社と下社に分かれていたそうですが、明治時代に合祀されたため鳥居が2棟並んで立っているそうです。
南方神社を過ぎると市街地に入ります。目的地の甲冑工房まであと少しです。
■甲冑工房丸武
ここは大河ドラマで使用されている鎧兜を作成している工房で、いまも工房では職人が手作業で鎧の作成をしてます。
展示館には大河でも実際に使用された戦国武将の鎧兜が展示されています。
■船間島神社(新田神社末社)
川内川を河口に向かって歩いて行って、とうとう川内港まで到着しました。
ここまできて日が暮れてしまったので、最寄りの草道駅から帰ることにします。
今回の旅は時間的に無理があったのが反省点ですね、、、
九州の一之宮は神話に関わる場所が多く、モデルになった話があるのではないかと思ってしまいます。そういや、神話に描かれる敵役の神様は素戔嗚尊や海幸彦など海にかかわる神様が多い気がします。
その反面、神社は山の上に建てられることが多く、古代の日本人は山に、より神聖なものを感じていたのかもしれません。川内川の川岸を延々と歩いて、少しは古代の人の気持ちを感じることができたような気がした旅でした。
日本全国の一之宮をフラフラ巡っています。ほかの神社の旅はこちらで
A.川内駅
JR鹿児島本線 川内行60分
片道950円
JR鹿児島本線 川内行60分
片道950円
B.新田神社・可愛山陵
川内駅から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町1935
川内駅から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町1935
C.中陵神社・端陵神社
新田神社から徒歩10分
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町
D.九樓神社・守公神社
新田神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町
新田神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町
E.武内神社
九樓神社・守公神社 すぐ
九樓神社・守公神社 すぐ
所在地:鹿児島県薩摩川内市宮内町1614
F.霧島神社
武内神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市五代町375-1
武内神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市五代町375-1
B.南方神社
霧島神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市湯島町3194
霧島神社から徒歩30分
所在地:鹿児島県薩摩川内市湯島町3194
C.甲冑工房丸武
南方神社から徒歩30分
南方神社から徒歩30分
営業時間 9:00~17:00
所在地:鹿児島県薩摩川内市湯島町3535-7
D.船間島神社
甲冑工房丸武から徒歩20分
所在地:鹿児島県薩摩川内市港町 船間島神社
所在地:鹿児島県薩摩川内市港町 船間島神社
E.草道駅
船間島神社から徒歩40分
肥薩おれんじ鉄道で川内駅乗換
鹿児島中央駅まで1時間20分
片道 1,230円
船間島神社から徒歩40分
肥薩おれんじ鉄道で川内駅乗換
鹿児島中央駅まで1時間20分
片道 1,230円
なんば駅から近鉄奈良線準急で40分。枚岡駅に到着です。駅を降りて線路の反対側に出るとすぐに鳥居が見えてくる駅チカの一之宮です。
■枚岡神社(河内国一之宮)
後背山の神津嶽における山岳信仰から始まるといわれ、神社の創建は神武天皇紀元前3年です。御祭神は4柱の神様です。第1殿と第2殿は天児屋根命とその妻の比売御神。
第3殿と第4殿は香取大社の経津主命と鹿島神宮の武甕槌命が祀られています。
藤原氏が春日大社を創建した際に枚岡神社の天児屋根命・比売神が勧請されたので、枚岡神社は「元春日」ともよばれます。
なでると健康と家族の平安、旅の安全にご利益があるそうです。今回の旅の安全を祈願して撫でておきました。
■拝殿
お参りをした2月1日は例祭だったので、参拝者は多めでした。本殿からは時折ご祈祷の開始を告げる太鼓の音が聞こえてきました。
■若宮社
祭神は天押雲根命で天児屋根命の御子(若宮)です。
■天神地祇社
明治5年の神社整理に際して、境内にあった19の末社と近村にあった神社13社を合祀した神社です。
枚岡神社から神津嶽本宮へ、、、
御朱印をいただいたので、社務所の横からスタートするハイキングコースを通って元宮に向かいます。
御朱印をいただいたので、社務所の横からスタートするハイキングコースを通って元宮に向かいます。
道は整備されているので登りやすいですが、ここまで階段が続くと息が上がります。道には所々にベンチが設置してあり、休憩を取りながら進んでいけます。
汗だくになって進むと、急に開けた場所に出て展望台がありました。ここで一休みです。
展望台のベンチに座ると大阪平野が一望でき、大阪湾まで望めます。夜景も相当きれいなんでしょうけど、夜中にあの道を登る根性はないですね、、、
■枚岡神社神津嶽本宮
展望台を少し進むとすぐに神社が見えてきました。
元々神津嶽は禁足地だったそうですか、昭和56年に石碑が、平成5年に石祠が建てられ整備されたそうです。
神津嶽本宮から暗峠へ、、、
暗峠は暗越奈良街道の最大の難所で、麓から峠まで約2.5kmにわたって急な坂が続きます。鬱蒼と木々が生えているので暗がり峠とも、馬の鞍がひっくり返るくらいの坂道が続くので鞍返り峠が転じたとも伝わります。
暗峠は暗越奈良街道の最大の難所で、麓から峠まで約2.5kmにわたって急な坂が続きます。鬱蒼と木々が生えているので暗がり峠とも、馬の鞍がひっくり返るくらいの坂道が続くので鞍返り峠が転じたとも伝わります。
車一台が通れるくらいの幅に急な坂道、こんな山道ですが立派な国道です。。。
急な坂道を下ってしばらく歩くと鳥居が見えてきました、その奥にあるのが石碑群です。
(色々調べましたが来歴はわかりませんでした。)
石碑を見てみるとお初大神と刻まれているものもあったりなので、江戸時代から明治くらいのものなんでしょうかね、、、
■暗峠観音寺
滝はコンクリートで補強されていて、趣きはないですが、崖崩れの恐れもあるので、これも仕方がないのかもしれません。
■木魚岩(中村茶屋跡)
お寺の説明板によると、中村茶屋は奈良街道を通る諸大名や文人が休息をとった茶屋だそうです。そこにあったのがこの木魚岩。
ほかの岩はこの先にあるようなので残りを探しながら歩くことにします。
■松尾芭蕉句碑
松尾芭蕉の最後の旅が奈良から大阪への旅で、そこで詠んだのがこの句です。芭蕉はこの句を詠んだ1か月後に亡くなります。
ちなみに最後の旅の目的は門弟の喧嘩の仲裁だったそうです。。。
■長持岩
松尾芭蕉の句碑をから少し進むと休憩所が見えてきました、建物は古くなっているのか立入禁止になってました。立札に長持岩前と書いてあったので、あっさりと長持岩を見つけられました。
休憩所は使えないのでそのまま進もうとすると、道路脇に豊浦谷1号墳とかかれた小さな案内板がありました、一之宮の周りはやはり古墳が点在していますね。
気になり案内の方向に行ってみると、休憩所の場所が古墳になってました。
古墳の上に休憩所を作っちゃうのが何とも言えないです、、、
■日蓮宗勧成寺
こちらにも、芭蕉の句碑があります。
山津波の影響で行方不明になっていたものが大正2年に発見され、こちらのお寺に移されたそうです。
山津波の影響で行方不明になっていたものが大正2年に発見され、こちらのお寺に移されたそうです。
暗峠から石切剣箭神社へ、、、
勧成寺を過ぎると住宅街に入ります、スタート地点の枚岡駅の近くに下りてくるので、ここまででもよかったのですが。まだ時間があったので、足を伸ばして石切剣箭神社に向かいます。
勧成寺を過ぎると住宅街に入ります、スタート地点の枚岡駅の近くに下りてくるので、ここまででもよかったのですが。まだ時間があったので、足を伸ばして石切剣箭神社に向かいます。
■石切剣箭神社

御祭神は饒速日尊とその御子の可美真手命の2柱の神様です。
この神社はでんぼ(関西弁で腫れ物のこと)の神様として知られ、お百度参で全国的に有名です。参道にはこれまで見たことがない、現代的なコンクリート製の鳥居が立ってます。
■拝殿
■石切参道商店街
■石切大仏
商店街を抜けて、住宅街にはいるといきなりあるのが石切大仏です。住宅街の中にある大仏ということでもネットでも評判になったことがありました。
阪本漢法製薬は精力剤で有名な会社です。
石切剣箭神社の門前には阪本昌胤記念館が建っており、独特な世界観を醸し出してます。。
■石切剣箭神社上之社
石切参道商店街から上之社は細く急な坂道が続きます、今回は昼から登ったり下ったりです。ちょっと無茶だったかなと反省しつつ、ようやく上之社に到着しました。
石切剣箭神社は神武天皇2年(枚岡神社創建の5年後)に宮山に饒速日尊を祀ったことが起源です。その後、饒速日尊を祀る「上之社」と可美真手命を祀る「下之社」が創建されるのですが、明治時代に上之社は下之社(今の石切剣箭神社)に合祀されます。
合祀後の上之社は石碑のみがある場所だったそうですが、昭和47年に再興されます。本殿は昭和7年に解体保存されていた石切剣箭神社の本殿が使われています。
■天然温泉風の湯
急な坂道を登ったり下ったりの道中でヘトヘトなので最後は温泉で締めます。石切剣箭神社の最寄り駅の新石切駅から徒歩10分の所にあるスーパー銭湯です。入湯料は750円、タオル貸出は250円でした。
実のところ、今回は一之宮の枚岡神社よりも石切剣箭神社の方が印象が強い旅でした。
真剣にでんぼの神様にお百度参りをする人を見ていると、この人たちの思いが神様に届くように思ってしまいます。
真剣にでんぼの神様にお百度参りをする人を見ていると、この人たちの思いが神様に届くように思ってしまいます。
健康な体で寺社仏閣を巡る旅ができることに感謝ですね。
日本全国の一之宮をフラフラ巡っています。ほかの神社の旅はこちらで
※枚岡神社から枚岡神社神津嶽本宮のルートは google map で表示されないのでハイキングコース出口にある神津嶽ふれあい広場からのルートになります。
・枚岡駅
近鉄奈良線 大阪難波駅から準急で40分
片道 360円
・枚岡神社
枚岡駅から徒歩すぐ
所在地:大阪府東大阪市出雲井町7-16
・枚岡神社神津嶽本宮
枚岡神社から神津嶽ハイキングコース 徒歩40分
A.神津嶽ふれあい広場
枚岡神社神津嶽本宮から徒歩10分
B.石碑群
神津嶽ふれあい広場から徒歩30分
C.観音寺
石碑群から徒歩10分
所在地:大阪府東大阪市東豊浦町1219
D.勧成院
石碑群から徒歩20分
所在地:大阪府東大阪市東豊浦町8
E.石切剣箭神社
勧成院から徒歩50分
大阪府東大阪市東石切町1-6-36
F.石切剣箭神社上之社
石切剣箭神社から徒歩30分
所在地:大阪府東大阪市上石切町2-34
G.天然温泉「風の湯」
所在地:大阪府東大阪市西石切町7-1-25










































































































































































