昨秋、日本舞踊の浴衣でのお浚い会で「娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」という演目を姉妹弟子と共に踊りました。

久々ブログupな今日はこの有名な「娘道成寺」についてです。
この「娘道成寺」という言葉は有名なので、おそらくなんとなくでも聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。

歌舞伎の女形の最高峰と言われる大曲で、全編きちんと踊ると約70分もかかります。
一人で踊り抜くには骨…というより私にはまずハナから無理な話で、姉弟子さんたちとの共演でした。

「娘道成寺」の話の前には「安珍清姫」という話があり、「娘道成寺」はその後の話となります。

この「安珍清姫」は昔、安珍という旅の僧がお詣りの途中で偶々宿にするために立ち寄った家の姫、清姫と一夜にして恋仲となり
熊野詣での帰りにまた必ず立ち寄るとかたく約束をするが、修行中の僧侶が女に心を奪われてはならぬと他の僧侶から諭され
苦しみながらも清姫には会わずに逃げるように後にしたために安珍の帰りを待ちわびていた清姫の悲しみと怒りをかい
情念の強さゆえに川に飛び込み大蛇となった清姫の追跡から逃げるため、「道成寺」というお寺に逃げ込み
寺の僧侶たちに懇願して鐘の下に隠れるものの、鐘の端から草鞋の紐が覗いていたために大蛇となった清姫に見つかり
とうとう鐘の上からその身をぐるぐると巻きつけ、火を吐き、最後には自分諸共に鐘ごと中の安珍を焼き殺してしまったという話です。

これだけでもそら恐ろしい女の情念の話ですが、この話には続きがあり、この自らの命をもって安珍を焼き殺した清姫は亡霊となって道成寺に現れ、2人を引き裂いた鐘に再び祟りをなそうとします。
これが「娘道成寺」の話です。

「道成寺」は安珍清姫のことがあってから女人禁制となり、男性僧侶だけの寺となっていましたが、釣鐘が再興された鐘供養の日に女の亡霊が白拍子という中世の女芸人の姿で現れ、舞を踊ると見せかけてなまぐさ坊主たちをそそのかし、寺に入り込み、様々な舞を披露します。

本格的に踊るとなると衣装や持ち物を変え、様々に見応えたっぷりの舞台となります。

そして、鐘に対する執念は恋人との別れの時を告げる暁の鐘への恨み(時計がなかったころ朝に鐘の音が聞こえると一夜を共にした恋人が帰ってしまうということでも女性たちの恨みの対象であったようです)と重ね合わされて
最後には坊主たちが驚愕する中、蛇に姿を変え(もちろん本当には変身しませんが(笑))鐘に巻き付いてしまいます。

最後の最後まで目の離せない文字通り大作中の大作。

しかしながら、この話の中に見る「女性の執念の深さ」というものは、同じ女性から見てもぞっとするほど怖いものです。
何しろ亡霊となっても消えない情念を持っているのですから!

げに恐ろしき女の嫉妬と情念なり。

そうそう、私は語りのお稽古で昔、「安珍清姫」を語りました。
語って踊って縁のあるお話ですが、私自身にはこんな情念はないぞ!と思っとります(笑)
ただ、表現者としては「情念の表現」は出来た方がいいのですけれどね(^-^;

嫉妬も執念もほどほどが一番ね(^^ゞ