テーマ「磁石なニノ。」















side N












「ただーいま」



ふう、とため息をつきながら、手に持った旅の荷物を玄関先に置く。

今は旅の真っ最中。

またすぐ出かけるんだから、と、大きな荷物はここのところ、玄関先に出したまんまだ。



中から洗濯物だけを取り出して、そのまま洗濯機につっこむ。

そのまま洗濯機の前にぺたりと座り込んで、グルングルン回る洗濯物を見てた。




ひとりの部屋、ひとりぶんの洗濯物。



しんとした部屋に響く機械音。





つい何時間か前に浴びていた音の洪水が、鳴り止まない声援が、なんだか夢の出来事のように遠く感じる瞬間。





なんか

ふっと自分に戻る気がして、不思議な時間なんだよね。





はぁ………




今日もコンサートのあと、バタバタと帰っていった翔さん。

最近のあの人は、忙しすぎる。

寸暇を惜しんでってまさに言葉の通り、少しの暇も作らないほど仕事が詰め込まれていて、

俺だったら、できれば遠慮したいってとこ。



それなのに、あの人は

忙しければ忙しいほど、やることがあればあるほど生き生きして来るんだから。




まあね?

あの人のそんな顔を見るのももちろん、好きなんだけどさ。

ちょっと無理し過ぎちゃうんじゃないかとか。

無理を通り越して無茶しちゃうんじゃないかとか。

いろいろ考えちゃうんですよ。








もうどのくらい一緒に過ごしてないんだろう。




いや、コンサートで毎週のように会ってて、

それ以外にもいつもの、レギュラー番組の撮影なんかもあるし、会ってはいる。


いるけど


プライベートの時間をゆっくりと、っていう

二人の時間っていうのは、もうずいぶん無くて。





はぁぁ………



ため息も出るってわけですよ。






気がつけば、グルングルン回る洗濯機もゴーッと乾燥を始めていて、

俺は、仕方なく立ち上がった。









長い長いコンサートツアー。

この先も続く旅をきちんとこなせるように、休めるときは休んでおかないと。

そう思いつつ

テンションの上がった頭はなかなか休まらず。

ベッドの中でゲームをしてても眠気が来なくて。



仕方なく、手に持ったスマホをベッドの脇に放り投げて、布団をかぶった。






ひとり暮らしにしちゃ、大きめのベッドの、真ん中じゃなくて左側に寄って眠る。

これが落ち着く。もう、くせになっちゃってんだよな。



横にひとり分、間を空けてふたつならんだ枕の、もう一つのに顔を押し付ける。



もうずいぶん使ってないから。

におい、うっすくなっちゃってんな。って、俺、変態かよ。自分にツッコんで苦笑する。




枕の底に残った、うっすらとした翔さんの匂いをくんかくんか嗅いでるうちに、知らぬ間にそのまま眠ってしまっていた。











ぎし、とベッドが揺れる。

空けた左側に重みがかかる。

ウトウトと夢の中と現実をさまよいながらも、手を伸ばすと、その手をぐっと引かれた。

ような、気がするけど



旅から帰ってきたばかりのからだは思ったよりも疲れていて、

目が開けられなくて

そのまま、もう一度眠りの中に落ちていった









……重い……



こないだ見たラグビーの、がっちりした選手にドーンとタックルされて転がる夢を見て目が覚めた。

太い腕が体の上に乗っかって重い重いよ。



重いけど、なんか落ち着く




まだ半分夢の中にいるような気持ちで目を開ければ、目の前に翔さんの寝顔があって。




あれ、夢じゃなかったんだ




俺の上に翔さんの片方の腕と脚があって、ずっしり重くて、

だけどしがみつかれたようなこの体勢は、なんだか

久々の体温に癒やされる思いをしながら、寝顔を見る。



口が少し開いてて、端っこによだれがたれてて。

髭も伸び始めててチクチクしてて。

めくれたTシャツから、腹に手をつっこんでぼりぼり掻いたりしてて。


正直、もさい。


昨夜の、キラキラしたアイドルとは全然違う。


だけど

たまらなく、愛おしくて




なんか

起きてほしいような、

起きて、その意志の強いくりくりとしたアーモンドアイで俺を見てほしい。

とも思えるし、


このまま、穏やかな寝顔をずっと見ていたいようにも思える。




忙しいなんて言葉じゃ足りないくらい毎日働きっぱなしの翔さんなのにわざわざ、うちに来て寝てくれたんだ。

俺を起こすこともなく、ただ、隣で眠るために。


胸にじわじわとしあわせが満ちてくるみたいな気持ちになって、その寝顔をただ、見てる。



とにかく今は疲れを癒やして、

まだまだつづく旅に備えてパワーためよう。



俺にとってこのぬくもりが俺の充電器になるように、

翔さんにとってもそうなれてたらいいな。



そんなふうに思いながら、翔さんの胸に顔を埋めて、俺も目を閉じた。










(おしまい)











「大宮なニノ。」はこちらへ


「末ズなニノ。」はこちらへ