母がいなくなった世界に来て、2日目になります。

普通に夜が明けましたし、お昼は来るし、何もしなくてもお腹がすいてしまいますね。

 

母の、式などはまだです。姉が業者さんとやりとりしてくれて、本当に助かっています。

姉は自分の家庭もある分家族の前であまり弱い所を見せられなくて、それが辛いだろうなと思っていたのですが、本人によると「むしろ強がれるくらいの環境でないと崩れていってしまう」と言います。

 

 

そんな姉を見ていて、ふと、母は両親と妹と姉を失ったのに、私たちにはそんなに悲しむ姿を見せて来なかったなということを思い出しました。

 

当時は小学生だったから、そこまで考えが及んでいなかったけど、母親を失うってこんなに悲しいのに。

母は強かったな。

 

 

全然強くない私は、昨日、親戚方面などへの電話は割と淡々とやれたのですが、今朝会社に母が亡くなった事を報告していたら、涙が溢れて止まらなくなりました。

 

今日はその後も特に何も考えていなくても勝手に涙が流れてきます。

 

本当に空虚というか、この先どうやって生きたいんだっけ?何をしたいんだっけ……?

と、ぼんやりしています。

別に、今までの私は母のために生きてきたわけではないし、母が全てなわけではなかったはずです。

 

クリエイティブな分野で少しの成果を出せたことがあった。

結婚もしたし、離婚もしたし、仕事は安定している。英語も勉強して仕事で使えるようにもなった。

趣味も結構充実してたけど……

 

そういえば、ここ最近全然趣味の時間を取れていないです。

そういうことも再開出来れば多少変わるかな。

結婚はもういいやと思ってはいるけど、自然に機会があれば。

 

 

うーん。

 

今が悲しみのピークなんだと思うけど……

もし、このままだったら、私はただ仕事をして帰ってくるだけの人になるかも。

 

いや、悲しみに囚われていなくてもそういう状態の人もいるか。

 

 

あ。

このブログについて。

 

母のがんの大元が腎臓がんだったので、「腎臓がん」のハッシュタグ等をつけていましたが、最初から治療できない(緩和ケア)状態だったこともあり、あまり腎臓がんについて書けませんでした。

母が亡くなった原因も、転移した肺がんが原因だったようです。

 

ただ、症状その他全く書けることがないわけでもないので、もう少し落ち着いたら、がん関連のことも書いていこうと思っています。

それと、「緩和ケア」や「緩和ケア病棟」についても書いておきたいです。

 

 

それにしても、とにかく、無気力です。

部屋を片付けないといけないので、ゴミ袋を買って来ないと。

 

昨日から今朝、SNSで、死別系のハッシュタグを見ていました。

1年どころか3年経っても10年経っても家族や配偶者との死別が辛いという方々がいます。

死別の悲しみはそんなに長く終わりがない場合もあるのか……と、怯えています。

 

 

私がどういう方向に行くのかは、私自身わかりません。

 

今、母のいない世界というものに足を踏み入れてから、戸惑っています。

これから私はどこに行って、どうするんだろう?