「マスコミって・・・」 | 料理と子育て、そしてミュージシャンの日常。

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料理が大好きな私は、子育ても積極的に関わっており、結構マジメに生きているのをわかっていただけたら幸いです。


こんにちは。ご機嫌麗しゅう!

ビーツ・アップ 前田 憲です


年明けから、個人的にも考えさせられるニュースが相次いでます。


・小保方さんとSTAP細胞
・清原選手
・川崎中1事件


小保方さんのお話はもう、日本中が知っていますが、真相はほとんどの人が知らないのではないかなと思いました。もちろん私も。

報道では「再現できなかった」というのが強調されてましたね。

つまり「再現性」というもの。


例えば音楽の世界でも再現性は「重要」


よく聞くセリフが本番で失敗して、
「練習ではできてたのになあ~」
っていうやつ。

本当はもっと上手なのですよ、という気持ちを込めてのセリフ。


これは、音楽家としては大変恥ずかしいセリフです(プロアマ問わず)。

ほんなら本番できちっと出せるように、準備とシュミレーションしておいたらいいんじゃない?

っていうことなんですね。


つまり

・本番で同じようにプレイできるか?
・共演者が変わっても、同様か?
・環境が劣悪でも、精一杯の結果が出せるか?

ひいては、

・人に教えて、再現させることができるか?

っていうのが再現性なのです。



で、私も長年音楽家やってますので、断言できることがあります。

それは、

再現できる割合が、高ければ高いほどシアワセ。自分も周囲も♪

ということ。


しかるべき局面で、しかるべき「よきプレイ」をすると、自分も「音楽に貢献する喜び」が得られるし、共演者も喜ぶし、お客さまも喜ぶ。

生徒さんに教えて、できるようになったら生徒さんも喜ぶし、それはもちろん、先生として大いなる誇りになる。


ええことばっかりなのです!

なので、音楽に取り組んでいる人はぜひこの「再現性」意識してみてください♪



さて、STAP細胞に戻ります。


細胞の話は全くの素人なのですが、おそらくそんな万能細胞、ひょっとしたら条件がほんのちょっとずれただけでも「再現できない」かもしれない?

って思いました。ドラクエで言うたら「はぐれメタル」みたいな・・・

「再現できなかった」っていうのも、他の研究者が下手くそやったのかもしれない?

または、小保方さん並びに理研が、出すタイミング早まったか?


おそらく、本当に存在したら、ものすごい業績そして経済効果。

いろんな人や団体の思惑が絡み合っているのではないか?
と、憶測してしまうのは私だけでしょうか?



以下、あまり明るい話じゃありませんので、ご興味ある方だけどうぞ。


ものすごい素人な意見なのですが、私がおもうのは
「ほんまにSTAP細胞があったらどないすんねん」
ということなのです。

あれだけ持ち上げてたのに。

しかも、理研を批判するのならともかく、小保方さん個人をクローズアップすることで、事件の肝心な部分をビハインドにしているような気がするのは私だけだろうか?

ここまで否定しまくるのには、なにか根拠を持っているんだろうか?

僕が考えられるのは2つしかないんですが・・・


・マスコミは「絶対STAP細胞は、存在しない」ことを証明した
・否定し、小保方さん個人にスポットライトを当て「なければならない」


絶対存在しない、なんて・・・あり得るのかなあ?
遠い昔、地面が動くなんて絶対にありえない!って言っていたけど。いまや当たり前。飛行機だって飛んでいる。

また、小保方さんの個人攻撃は、それによって視聴率(販売部数)が上がるか、またはなんらかの権力からの差し金っていうことも考えられる。


本当のところ、どうなんでしょう??





また、連日「清原選手」の報道が続いています。


実は同い年です。
私はたくさんの勇気をいただいたので「清原選手」とここでは言います。

で、僕が大学に入学して、ドラムもヘロヘロの到底「プロ」など無理!っていう時に、かれは西武で3番レギュラーで、ホームランやヒット打ちまくっていた。

すげえなあ、いいなあ、俺も一人前になりたいなあ・・・って、心の糧にしたものです。

実際にお会いしたことないので、本当にどんな方なのかはわからんのですが、ちょっと気になっているのが流している映像。そして、新聞なら顔写真。

皆さんもご存知だと思いますが、私には大変イメージの悪いものばかりを流しているように思う。
報道も「奇行」「悪行」を中心に言うている。

もし報道機関が公平なら、いいところも同時に、淡々というべき。しかし、それはほとんどしないか、文章の流れであまり効果のないタイミングでちょろっと出したりする程度。

つまり問題なのは、そのチョイスや、流すタイミング、回数時間など。すべては局で決めることができるという点なのです。

「イメージアップ」もダウンも、すべて、制作側が握っている。

生かすも殺すも、焼いて食おうが煮て食おうが・・・


人間なんて、いいとこもあれば悪いところもある。
しかし、何か悪事をしでかしたらここぞとばかり欠点を暴露する大チャンス。

しかも、人間の本質は「人の不幸が大好き」

でも、それはイケナイことだから、みんな思いやりの方向へ頑張っている。

でも悲しいかな。。。やはり、スターの転落とかは大好きな人が多いのです。


そこにつけこんで、人の悪意を煽って、部数や視聴率を上げているとしたら?



マスコミって・・・


一体何のためにあるのでしょう?

少なくとも自分は、この点を忘れず、フィルターをかけて報道に接するべきだと思っている。



川崎の中1事件は、家庭、教育現場、エンターテイメントなどが複雑に絡んでいるような気がします。

ポイントは、

取り返しのつかないことと、つくことの境界が、なぜ曖昧になるのか?

です。




また機会あれば。