こでまり 先日 ブログで桃の事を書いた
桃の搾り汁…
想像していたら「ネクター」が飲みたくなってスーパーに行った だが三軒ほどスーパーをまわったが 売ってないのだ

えーなんでぇー?
あぁ ないとわかると余計飲みたくなった
昔 不二家のネクターは高価で ネクタリンというジュースもあったためよく飲んでいた あと似たような感じでオリエンタルグァバというジュースも初めて飲んだときなんて南国の味なんだろうと感動した覚えがある お中元のカルピスの詰め合わせに入っていたグラスに当時流行っていたト音記号のかたちのストローにその辺に咲いている花をそえて、親戚のおじさんからハワイ土産でもらったハワイのムームーを着用し南国ムードを味わっていたというこでまりはなかなか洒落た子供であった
そんな思いをはせ店内を歩いていると 黄桃の缶詰を発見した
「シーチキン以外の缶詰はもう何年も食べてないなぁ」となぜかうれしくなり購入して家で食べてみた美味しいが何かちがう…甘くないのだ
汁もシャビシャビすぎる
味が改良されたんかなぁ
子供の頃とは味覚が変わったんかなぁ
そういえばセンターに主食が缶詰の一人暮らしのじいさんがいる
妙に缶詰に詳しいのだ
今度桃の缶詰についてきいてみよーっと
こでまり 今日岐阜の山奥の川へ行った
雨で増水が心配であったがそんなでもなくいつものように自然しかない美しい山の中の静かな川であった
そこでマス釣りもできるようになっている。いつものようにそこの管理のおばあさんに挨拶し、おじいさんの体調を聞くと一ヶ月前に亡くなった…と涙を浮かべ 話しはじめた。病気だとは聞いていたのでおばあさんに看病大変だったね…と言うと おばあさんは 「全く大変じゃなかった 死んで私が楽になるなんて事はないよ
おじいさんの最期は私が桃をしぼった汁を美味しいってゴクゴクのんで静かに息を引き取ったんだよ」と教えてくれた
こでまりは なんて素晴らしいんだろうって思った
桃の汁は神様からの贈り物だろう
古事記では桃は邪気をはらう実とある
イザナギの神が黄泉の国から帰るとき そこになっていた桃の実を三つとって追ってきた軍勢に投げつけ追い返した
イザナギは桃の実に
「お前が私を助けてくれたようにこの世のあらゆる人間が苦しみの瀬に落ちて悩むとき助けてあげなさい」といって「おほかむづみのみこと」という名をつけた
とある
神に特別に神の名をいただいているのだ
そういえば少し前 昔の古墳(だったかな)から大量の桃の種が出土したという記事を読んだのを思い出した
川や山の世話してきたおじいさん…また川や山に生かされきたおじいさんに神からのありがとうっていうプレゼントなのかもって思った

帰るとき管理小屋をのぞくと誰もいないのだがテレビがついていた。こでまりはふとおじいさんがちゃぶ台の横で寝転がっているような気がした
おじいさんは、いつもおばあさんの側にいるのだと安心したこでまりであった
昨日と今日とこでまりはお休みだ
昨日は午前中急に予定が空いたので行きたいと思っていた「もうひとつの戦争展」に仲間と出かけた
昨日が最終日で予定があわず行けないなぁと思っていたところ行けたので神風が吹いたなぁと感謝 感謝である
会場でも別の仲間達と遭遇した。みんな出没する場所は似ているのだ
内容はとてもわかりやすく勉強になり展覧会をひらいたスタッフの方々の思いが伝わり素晴らしいものでした
知らなかった事を知る
学校や教科書では習わない真実を知る事ができ
ますます日本が大好きになった
今日は終戦記念の日
護国神社へいき英霊達に
感謝と慰霊を込め祈りを捧げに行くつもりだ
でも
ただひとつ心配な事がある
昨夜 風呂上がりにあまりに暑くて 下着姿でソファーにクーラーつけっぱなしでアイス饅頭ほおばりながらゴロンとしてたらそのまま寝てしまった
絶対お腹冷えただろうなぁ
腹を出して寝るなんてまるで子供である
(でも言っておくがこでまりは下着にはこだわりがあるのでセクシーなものしか身につけないいい年の大人である)

今日護国神社に行ったらまずトイレの場所を確認しなければならないと思っている馬鹿なこでまりであった