『現実はただの鏡だった件について』
序章:停滞の現実
鏡の中の自分 – 56歳、出世も愛も失った男 #001
朝6時。
スマホのアラームが耳元で爆発するように鳴り響いた。
吉田信介、56歳。
バツイチ、サラリーマン歴30年。
出世の見込みはゼロ。
家族もゼロ。
ついでに言えば夢もゼロ。
「今日も同じ一日が始まるんだなぁ…」
目の前の天井は薄汚れた白。
テレビもつけずに起き上がり、冷蔵庫を開ける。
中には賞味期限切れのインスタントカレーがひとつと、半分飲んだビールが一本。
飲みかけのビールを冷蔵庫に戻すとか、俺も相当イカれてるな。
リビングには誰もいない。
もちろん、いないのが当たり前だ。
10年前に離婚して以来、息子と娘は元妻と一緒に暮らしている。娘はもう24歳、息子は21歳。
どちらもほとんど連絡はない。
「まぁ、こんなもんだろ」
何度も同じセリフを口にしては、自分を納得させる。
出勤時間になり、仕方なくスーツを着る。
襟元にシワが寄っているが、気にしない。
鏡を覗き込むと、疲れ切った56歳の顔が映っていた。
「お前、誰だよ…」
鏡の中の自分に向かって、ぼそりと呟く。
白髪は増えたし、肌のたるみは隠せない。
昔はもう少し若々しかったはずなのに。
ポケットからタバコを取り出して火をつける。
煙が立ち昇り、部屋の中に灰色の靄が漂う。
いつもと同じ一日が始まる。
会社に行って、誰にも相手にされず、適当に仕事を片付け、適当に時間を潰して、また帰宅して、缶ビールを飲んで寝るだけの生活。
「何やってんだろうな…」
その瞬間、棚の上から一冊の本が落ちた。
埃をかぶった古びた本。
埃をかぶったスピリチュアル本
「は? 自己啓発? スピリチュアル? なんだこれ?」
こんな本、買った記憶がない。
本の表紙には、大きな鏡に映る男の絵が描かれている。
男は鏡の中の自分を指差して笑っている。
「現実は自分の意識が創り出している…?」
そんな馬鹿げたことがあるか。
俺の現実が俺の意識だって?
じゃあ、この惨めな人生も俺のせいだってことか?
馬鹿馬鹿しい。
そのまま本をポイと放り投げた。
どうせインチキ自己啓発本だ。
スピリチュアル商法というやつだ。
でも、その日の夜、寝ようとした時、今朝の本の表紙が頭にちらつく。
『現実はただの鏡だ』
…俺の人生も、鏡に映った俺の心なのか?
そう考えたら、なんだか眠れなくなってしまった。
