少し前からご朱印を集めだしたんですね。
あの、神社とか寺院とかでいただける墨で書かれた文字と朱のスタンプのやつです。
ご朱印の元々は寺院で写経をしてその経を備えた証明だったそうなんですが、
それいがいつしか簡略化され、参拝でももらえるようになったようです。
神社と寺院は時代によってくっついたり離れたりしているので、
どこかでその風習が神社にも移ったのでしょう。
そんな経緯もあって、
「ご朱印をスタンプラリー的に考えよって、けしからん!」というむきも
あるようです。
ただ、個人的にはそこまで原理的な考え方でもなく、
普段行かない神社や寺院に行く動機の一つであってもいいんじゃないかな、
と思っています。
あ、もちろん、お邪魔した神社や寺院には誠意を持って、
というのが大前提ですけどね。
参拝もせずにとりあえずご朱印を!というのはNGです。
というか、もったいなさ過ぎます。
神社も寺院もゆっくり見て回ると本当に色々ありますよ。
ご朱印を集めるようになって変わったことといえば、
何気なく歩いている時に神社や寺院を見かけると入ってみるようになりました。
・・・と言っても、寺院はなかなか開放されていることもないので、
神社の方が多いですけれど。
これはご朱印帳をもっていないときも、ですね。
あと、神社にしても寺院にしてもご由来ボードをよくよく読むようになりましたね。
覚えているかどうかは別として・・・。
そして今日は“ぶらたまき”こと
「はじめてのアースダイバー 招運杉並神社巡り」に参加しました。
→■
南阿佐ヶ谷~永福町、正直「ついでに行く」場所では絶対ないので、
こういうチャンスでもなければ行かないな、と思い。
朝9時集合ということに不安を抱えながらも
無事に目覚めて時間通りに集合することが出来ました。良かった。
最後は杉並の大宮八幡宮のご朱印も無事にいただけました。
知らない所に行ってみよう、
と思えるきっかけは人それぞれかもしれませんが、
私にとってのその一つはご朱印集めなのかもしれません。
もう少し涼しくなったら、江戸五色不動巡り、したいんですよね~。
ずっと前、もう6,7年前?でしょうか。
とてもキツい時期がありました。
それはお仕事場でかなり厳しい方がいらっしゃいまして、
その方との関係がなかなかうまくいかず、という感じで。
何をやってもダメ出しばかりで、うん、本当大変だった記憶があります。
今にして思えばもう少しうまく出来たのかな、と
そんな風に思うこともありますが、
まぁ、当時の自分では難しかったでしょう。
正直今の自分でもうまくやれるか自信はありませんし。
そして時は流れ、今。
ふと思うと、その人と同じような挙動をしそうな自分に気づきます。
幸い(?)今の私には直接の部下はいませんので、
直接的なダメだしとか、追い詰めをする相手はいませんが、
もしそういう下の人が出てきたら、
当時その人が私にしたような物凄く追い詰めそうな気がします・・・。
なんて、非効率的なんだろう。
なんて、分かっていないんだろう。
何も考えないでやってるんだろうね。
もういいです、だったら頼みません。
的な。
若干デフォルメはしていますが、
そういう・・・、まぁ、恐ろしい、一歩間違えればパワハラになりそうな、
そんな言葉・・・はまだ出ませんが、その種子的な発想が、
たまに、ふと、脳のどこかに、ちょっとだけ、生まれるような、
そんなことを感じる瞬間があります。
・・・あ、ちなみに、これらの言葉のいくつかは
当時実際言われたことだったりします。
何かの神話じゃないですが、
ある魔物に傷を付けられると、その傷から呪いが広がって、
やがては自分も同じ魔物になってしまう、そんな恐怖。
なので、そうならないように、と意識して頑張ってます。
中二病的に言えば、
「おさまれ・・・俺の右手・・・」みたいな感じですね。
あ、でもこの手の話って、
多分一部の占星術界隈では大好物系の話でして、
「それは自分の中の土星が外に投影されていたんですよ」
ということにもつながります。
こういうときの土星は自分の影(シャドー)といわれたりもします。
ちなみに私の土星は蠍座です、MCにくっついている9ハウス。
本当であれば、自分の中で土星が突っ込みをいれないと
いけないのに、それが出来ないと、土星的な人が現れて、
リアル世界で突っ込みを入れてくる、というやつです。
今思い返しても、確かに蠍っぽい人が、
MC(仕事現場)に現れたなー、と。
仕事も法律系だったんで、9ハウスっぽいですし。
「もう結構です、二度と頼みません」とかなんて蠍的な敵意・・・!!
べ、別に蠍の皆さんをdisってるわけじゃないですからね!
しかもその方は蠍座ではありません。
要は、蠍っぽい事象ということです。お間違えなきよう・・・。
ということで、二十代前半の若者には、
そんな土星を自分で使うことは出来なかったのですが、
それが段々自分の中に入ってきた、ということなのでしょう。
サタリタも終わりましたし。
今ではその方に感謝こそすれ、
それ以外の何か特別な思いとかはありません。
問題は、今後は自分の中にいる
影の魔物とどう付き合っていくか、ということなのでしょうね。
自分の土星を自分の土星として意識する、から
自分の土星を自分の土星としてコントロールする、へ。
次のステップなのでしょうね~。
とてもキツい時期がありました。
それはお仕事場でかなり厳しい方がいらっしゃいまして、
その方との関係がなかなかうまくいかず、という感じで。
何をやってもダメ出しばかりで、うん、本当大変だった記憶があります。
今にして思えばもう少しうまく出来たのかな、と
そんな風に思うこともありますが、
まぁ、当時の自分では難しかったでしょう。
正直今の自分でもうまくやれるか自信はありませんし。
そして時は流れ、今。
ふと思うと、その人と同じような挙動をしそうな自分に気づきます。
幸い(?)今の私には直接の部下はいませんので、
直接的なダメだしとか、追い詰めをする相手はいませんが、
もしそういう下の人が出てきたら、
当時その人が私にしたような物凄く追い詰めそうな気がします・・・。
なんて、非効率的なんだろう。
なんて、分かっていないんだろう。
何も考えないでやってるんだろうね。
もういいです、だったら頼みません。
的な。
若干デフォルメはしていますが、
そういう・・・、まぁ、恐ろしい、一歩間違えればパワハラになりそうな、
そんな言葉・・・はまだ出ませんが、その種子的な発想が、
たまに、ふと、脳のどこかに、ちょっとだけ、生まれるような、
そんなことを感じる瞬間があります。
・・・あ、ちなみに、これらの言葉のいくつかは
当時実際言われたことだったりします。
何かの神話じゃないですが、
ある魔物に傷を付けられると、その傷から呪いが広がって、
やがては自分も同じ魔物になってしまう、そんな恐怖。
なので、そうならないように、と意識して頑張ってます。
中二病的に言えば、
「おさまれ・・・俺の右手・・・」みたいな感じですね。
あ、でもこの手の話って、
多分一部の占星術界隈では大好物系の話でして、
「それは自分の中の土星が外に投影されていたんですよ」
ということにもつながります。
こういうときの土星は自分の影(シャドー)といわれたりもします。
ちなみに私の土星は蠍座です、MCにくっついている9ハウス。
本当であれば、自分の中で土星が突っ込みをいれないと
いけないのに、それが出来ないと、土星的な人が現れて、
リアル世界で突っ込みを入れてくる、というやつです。
今思い返しても、確かに蠍っぽい人が、
MC(仕事現場)に現れたなー、と。
仕事も法律系だったんで、9ハウスっぽいですし。
「もう結構です、二度と頼みません」とかなんて蠍的な敵意・・・!!
べ、別に蠍の皆さんをdisってるわけじゃないですからね!
しかもその方は蠍座ではありません。
要は、蠍っぽい事象ということです。お間違えなきよう・・・。
ということで、二十代前半の若者には、
そんな土星を自分で使うことは出来なかったのですが、
それが段々自分の中に入ってきた、ということなのでしょう。
サタリタも終わりましたし。
今ではその方に感謝こそすれ、
それ以外の何か特別な思いとかはありません。
問題は、今後は自分の中にいる
影の魔物とどう付き合っていくか、ということなのでしょうね。
自分の土星を自分の土星として意識する、から
自分の土星を自分の土星としてコントロールする、へ。
次のステップなのでしょうね~。
「元をとらなきゃ!」て思うことありませんか?ありますよね?
食べ放題でも、つめ放題でも、なんでもいいんですが・・・。
まぁ、この手の放題って、大概元はそうそう取れないわけで、
要は気分の問題的なところが大きい気がしています。
あ、ちなみに!
私の占いの10分間のタロットとかは、
10分の間であればいくつでも質問OKです。
つめ放題です。元とってください、是非。
なんか大概元はそうそう取れないわけで、とか
言ってる後で何書いているんだ、て話ですが。
話を戻しましょう。
そうそう、気分の問題って話。
「これだけ食べれば元とれたね、勝利勝利!」みたいな。
誰に勝ったんだ、て話ですが。店に?
それでですね、マッサージとかあるじゃないですか。
足裏でもボディでもいいんですが。
これに行く時に私謎の「元をとらなきゃ!」が発動するんですよね。
その元をとる基準が何かというと、
「どれだけ痛気持ちいいか」。
いや、むしろ「どれだけ痛いか」。
意味分からないことは重々承知。
そもそも痛けりゃいいってもんでもないわけで。
大事なのは身体が楽になっているか、という点のはずで。
でも、なんかせっかくお金払ってるんだから、
こう、「効いてる」感が欲しいじゃないですか。
整骨院とかの電気を流すやつ、あれも多少ピリピリさせたい人です。
「ピリピリしてなくても効いてますから!」と凄く言われるのですが、
なんか、元を取れてない気がする。
・・・いや、でも電気強すぎるのは多分逆効果で元とるどころじゃないな。
そんなわけで多少痛くても我慢するんですね。
むしろ多少痛くないと嫌という。
終わった後は「いやー痛かったー、勝ったね。」
これこそ本当に何に勝ったのか不明です。
そしていつも足裏は指先が痛い。かなり。
反射区的に目の疲れは分かるのですが、鼻とか耳の疲れって・・・。
え、耳、えっと、どうでもいいことばっかり聞いてるってことでしょうか。
あ、でも足裏に「口」の反射区が無くてよかったですねー。
絶対私の場合激痛でしょうから。
ほら、どうでもいいことばっかり言ってる、的な。
食べ放題でも、つめ放題でも、なんでもいいんですが・・・。
まぁ、この手の放題って、大概元はそうそう取れないわけで、
要は気分の問題的なところが大きい気がしています。
あ、ちなみに!
私の占いの10分間のタロットとかは、
10分の間であればいくつでも質問OKです。
つめ放題です。元とってください、是非。
なんか大概元はそうそう取れないわけで、とか
言ってる後で何書いているんだ、て話ですが。
話を戻しましょう。
そうそう、気分の問題って話。
「これだけ食べれば元とれたね、勝利勝利!」みたいな。
誰に勝ったんだ、て話ですが。店に?
それでですね、マッサージとかあるじゃないですか。
足裏でもボディでもいいんですが。
これに行く時に私謎の「元をとらなきゃ!」が発動するんですよね。
その元をとる基準が何かというと、
「どれだけ痛気持ちいいか」。
いや、むしろ「どれだけ痛いか」。
意味分からないことは重々承知。
そもそも痛けりゃいいってもんでもないわけで。
大事なのは身体が楽になっているか、という点のはずで。
でも、なんかせっかくお金払ってるんだから、
こう、「効いてる」感が欲しいじゃないですか。
整骨院とかの電気を流すやつ、あれも多少ピリピリさせたい人です。
「ピリピリしてなくても効いてますから!」と凄く言われるのですが、
なんか、元を取れてない気がする。
・・・いや、でも電気強すぎるのは多分逆効果で元とるどころじゃないな。
そんなわけで多少痛くても我慢するんですね。
むしろ多少痛くないと嫌という。
終わった後は「いやー痛かったー、勝ったね。」
これこそ本当に何に勝ったのか不明です。
そしていつも足裏は指先が痛い。かなり。
反射区的に目の疲れは分かるのですが、鼻とか耳の疲れって・・・。
え、耳、えっと、どうでもいいことばっかり聞いてるってことでしょうか。
あ、でも足裏に「口」の反射区が無くてよかったですねー。
絶対私の場合激痛でしょうから。
ほら、どうでもいいことばっかり言ってる、的な。