1.メンタル・アカウンティングとハウスマネー効果

  行動経済学の本を読むと、メンタル・アカウンティング(心の会計)という概念が紹介されている。 また、大体、同じ説明枠の中で、ハウスマネー効果というのも紹介されている。

 

(1)メンタル・アカウンティング(心の会計)

  人が心の中で、お金についてその使い途(用途)ごとに、心の中で枠(財布、勘定、口座)を想定して入れ分けているという話。 つまり、このお金は生活費、このお金は娯楽費と言ったぐわいに、心の中で複数の財布を設けて分けて使うということ。 

 

(2)ハウスマネー効果

  これに対して、ハウスマネー効果というのは、「得たお金の出所」(=入手のきっかけ、方法)によって使い方のリスク許容度が高まる心理現象。 ハウスマネー効果の「ハウス」とは、カジノなどの賭博場(ハウス)のこと。

 

(3)3つの軸で見る比較表

 

比較軸

 

メンタル・アカウンティング

 

ハウスマネー効果

 

対象

 

すべての収入や資産

 

予期せぬ利益・不労所得(儲け話、あぶく銭)

 

行動

 

予算の壁による硬直的な支出リスク

 

許容度の過剰な上昇(大勝負)

 

焦点

 

お金の「使い道」や「出所」の分類

 

お金の「獲得プロセス(苦労したか)

 

 

(4)具体例での違い

 ① メンタル・アカウンティングの例

  クレジットカードの罠: 「生活費」の予算とは別に、「旅行用」としてカードで高額決済をした結果、口座引き落とし時に予算オーバーしてしまう。

 

  商品券の利用: 「現金」だと財布から出すのをためらう高級なブランド品を、「お祝いのギフト券」だと躊躇なく使ってしまうこと。

 

  タクシー代と少額の節約: 遠くのスーパーまで歩いて100円の節約を頑張る一方で、疲れたからと数千円のタクシー代には寛容になってしまうこと。

 

 ② ハウスマネー効果の例

  ギャンブルでの散財: パチンコや競馬でビギナーズラックとして得た臨時収入を、「元手ではないから」と気前よく使ってしまい、その日のうちに全てスッてしまう。

 

  ボーナスの使い込み: 毎月の給料は厳格にやりくりしているのに、夏のボーナスが入った途端に、普段なら買わない高級時計などをパーッと衝動買いしてしまう。

 

  副業や仮想通貨の利益: 本業で稼いだお金は貯金するのに、フリマアプリの売上金や不意の臨時収入は、「あぶく銭」のように捉えてすぐにお祭り感覚で使ってしまう。

 

 

 

2.行動経済学の限界とリアルな人間の合理性

  行動経済学は「伝統的経済学のアンチテーゼ」として語られがちだが、その根底にある評価基準は依然としてホモ・エコノミカス(合理的経済人)であり、そこから外れる人間を「バイアス」「不合理」と断じる構造を持っている。

 

(1)普段節約的にお金を使っている人が旅行先ではばんばんお金を使うのは本当に不合理か

 ① 「ハレとケ」の投資:金銭換算できないコスト

  伝統的経済学や純粋な行動経済学のフレームワークでは、旅行先での大盤振る舞いを単なる心の会計によるバグとみなす。 しかし、現実の社会生活においてこれは社会的関係性への投資と見れば、充分、合理的である。

  機会の非代替性: 「一生に一度の旅行」や「冠婚葬祭」は、日常の100円の節約と交換不可能な独自の価値(効用)を持つ。

 

  社会的制約(世間体・文化): ハレの場でホモ・エコノミカスのように冷徹に振る舞えば、「ケチな奇人」「不義理な変人」という社会的評価(評判リスク)を招く。 

 

  これはコミュニティ内での他者からの協力の獲得を不利にするため、生存に関わる話で、相応の大盤振る舞いは長期的・社会的なコストを最小化するための合理的行動と言える。

 

(2)「手許資金の維持」というリアルなリスク管理

  たとえば、手取り額1年分の手許資金(万一の備え)キープというルールを遵守しているとき、手許には(手取り30万円として)現預金が360万円あるが、クルマを買うために全額頭金に投入するのは合理的ではない。 

 

  破産確率(急な病気や失業への耐性)が全く異なってしまう。(財務会計的には黒字なのに資金繰りに窮して倒産する企業のパターン(黒字倒産)と同じポジションリスク)

 

  この事例では、「流動性プレミアム」(安心料)という概念で完全に説明がつく。 マイカーローンを借りれば、その分の利息を払うことになるものの、万一への備えにかかるコストを視野に入れているので非合理とは言えない。

 

(3)金の使い方の合理性を決めるもの

  個人として設定した「予算配分ルール」の有無とそれを遵守できるか否か。 行動経済学が指摘するような「感情的な色分け」(あぶく銭だからすぐ使う)自体が悪なのではない。

 

 ① 臨時収入を「浪費」に全額配分しても合理的

  手取り30万円の人が持っている支出予算比率が次のようになっているとする。

 

  生活費:70%(21万円)貯蓄(投資):20%(6万円)浪費:5%(1.5万円)

  ※残り5%(1.5万円)は予備費または他の固定費と仮定

 

  ここで、ギャンブルやボーナスで臨時収入が10万円あった際、それを「浪費」枠にそのまま計上して11.5万円使うことは、財務的に100%合理的。 なぜなら、「生活費」(固定費)を膨らませていないから。

 

  問題を生むのは、臨時収入によって生活水準(家賃や毎月の外食費への支出など)を上げてしまい、元の収入に戻ったときに生活を小さくできなくなる「下方硬直性」(消費の慣性)にハマることである。

 

  逆に、一回限りの臨時収入を、一回限りの浪費(旅行や趣味、贅沢品)で使い切ることは、毎月の生活基盤(生活費21万・貯蓄6万)を一切脅かさないので、何の問題もない。

 

 ② 「手取り増」として処理する規律

  競馬場の帰り道という「ハレ」の興奮状態を過ぎ、自宅という「ケ」(日常)の環境に戻った時点で、その10万円は単なる「今月の追加手取り」(総額40万円)に昇格する。

  

  興奮さめやらずで、全額儲けたお金を結局、その日のうちに失ってもそれ自体は(スタート時の元手が消費者金融からの借金なら問題だが、そうでなく事前の「浪費」枠から支出をしただけなら)財務的には問題ない。

 

  既存のルール(たとえば、予め「臨時収入の50%は投資、50%は浪費に回す」などを設定していて、それに従って淡々と処理できているのであれば、それはホモ・エコノミカス(合理的経済人)が提唱する、生涯所得をベースにした最適な消費計画(流動資産の最大化)を、リアルな人間が独自の統制ルールで美しく実践している状態と言える。

 

(4)行動経済学のメンタル・アカウンティングが真に問題視していること

  行動経済学が「不合理だ」と批判しているのは、実は「ルールを持った配分」を前提にせず、つまり、最初からルールが無く(or あるが守れず)、その場しのぎの言い訳(色分け)に使われるケース」である。

  不合理な例:生活費が足りなくて消費者金融から借金(金利15%)している、あるいは毎月の貯蓄目標(6万円)が達成できていないにもかかわらず、競馬で買った10万円はあぶく銭だからという理由で、借金返済や貯蓄に回さず一晩でキャバクラで使い切ってしまうような行動。

 

  つまり、全体最適な予算管理(マクロ)がないまま、個別の入手ルート(ミクロ)だけでお金の使い道を衝動的に決めてしまうことが、家計を破綻させるバイアスだと警戒されているのだ。

 

  個人のお金の使い方が合理的か否かは、他人が決めるものではなく、その支出が、本人の人生設計(予算配分ルール)の範囲内に収まっているかで決まる。 

 

  あぶく銭を浪費に回しても、日常の防衛ライン(貯蓄・投資枠)が守られているなら、それは人生の幸福度(効用)を最大化するための素晴らしい選択である。