名古屋に6年住んでいたが、あのころはPTAのママさんバレーに夢中な生活。
今思えばもう少し名古屋のことを勉強しておけばよかったと思う。
今日、引っ越しの準備をしながら、名古屋市千種区にある覚王山日泰寺について
調べてみた。
なぜ日泰寺かというと、お釈迦様の一生を調べていくうちに、な・なんと日泰寺が
関係あるのだということが分かった。
「日泰寺にはお釈迦様の遺骨が納められていたのだ」
あーーー、名古屋の住んでいながら、それもすぐ近く、同じ電車の沿線・・・・
どうして行かなかったのか悔やまれる。
あのころは歴史や宗教に興味が全くなかったから仕方ないと言えば仕方ないけれど。
その日泰寺は超宗派のお寺として1904年に建立されたと書かれていた。
1898年にイギリスの駐在員がインドのピブラーワーというところで遺跡の調査をしていた時、
全く偶然にお釈迦様の遺骨の入った壺を見つけて、西洋の学者たちに旋風を巻き起こした。
西洋の学者たちはそれまでは実在ではなく偶像と思っていたのだから、説はひっくり返ったわけだ。
日泰寺は初めはこの名前ではなかった。
遺骨を頂いた頃のタイはシャム王国だった。それでお寺の名前は「日暹寺」という名前で創立。
その後、シャム王国は1939年(昭和14年)にタイ王国と改名したので、この「日暹寺」も
1942年(昭和17年)に日泰寺と改名された。
また、覚王山というのは釈尊(仏陀)をあらわす覚王の山号とした。
いろんな本を読んでいくうちに、「そうだったのか」と驚くことがいっぱいで面白い。