1925年、ハイデルベルグで生まれる。
現ラーマ9世の兄。
1928年、父ソンクラーナカリン親王が亡くなられた後、スイスのローザンヌへ
留学のために渡航。
即位時は幼少のため、摂政をおいて自らはスイスで留学を続ける。
太平洋戦争後の1945年に成人に達し帰国されたが、1946年6月9日に
銃弾が眉間に貫通し即死。
この時代は太平洋戦争が勃発し、国王不在の国内ではクーデターなども起こり
揺れ動く時代だった。しかし不平等条約の最終的改正に成功し、日本、ドイツと同盟を
結びながらも、「自由タイ」運動を起こし、敗戦国とされることを回避することに
成功。勝戦国の利を得て植民地からも逃れ、東南アジアで唯一独立国を守り抜いたのは
国王不在時、頭脳明晰な摂政たちの手腕のたまものだろう。