「雨瀟瀟」 永井荷風
飽きもせずに今夜も雨・・・。
春雨、五月雨、梅雨、氷雨、驟雨、糠雨、時雨にやらずの雨やらゲリラ豪雨・・・雨にもいろいろあるけど・・・「瀟雨」は、しとしとと降り続くもの淋しい秋の雨をさすみたい。
「雨瀟瀟」のあらすじは・・・まァ、ともかく・・・
荷風さんの美しい日本語にすっかり魅了される。
ヤバイとかステキとか・・・奥行のない言葉、もう使いたくない気になるほど。
その年の二百十日はたしか涼しい月夜であった。つづいて二百二十日の厄日もまたそれとは殆どきもつかぬばかり、いつに変わらぬ残暑の西日に蜩の声のみあわただしく夜になった。夜になってからはさすがに厄日の申訳らしく降り出す雨の音を聞きつけたもののしかし風は芭蕉も破らず紫苑をも鶏頭をも倒しはしなかった。
久雨尚やまず軽寒腹痛を催す。夜に入って風あり燈を吹くも夢ならず。そゞろに憶ふ。雨の降る夜はたゞしんゝと心さびしき寝屋の内、これ江戸の俗謡なり。一夜不眠孤客耳。主人窓外有芭蕉。これ人口に膾炙する小杜の詩なり。また憶ふ杜荀鶴が、半夜燈前十年事。一時和雨到心頭。然り雨の窓を打ち軒に流れ樹に滴り竹に灌ぐやその響人の心を動かす事風の喬木に叫び水の渓谷に咽ぶものに優る。風声は憤激の声なり水声は慟哭なり。雨声に至りては怒るに非ず嘆くに非ず唯語るのみ訴ふるのみ。人情千古易らず独夜枕上これを聴けば何人か愁を催さゞらんや。いはんやわれ病あり。雨三日に及べば必ず腹痛を催す。真に断腸の思といふべきなり。
寂莫の極みに・・・胸がチクチク痛くなってくる・・・
言葉と言葉、行と行の間にぎっしり詰まった荷風さんの教養の、どれだけを理解できたんだろ・・・とも思う・・・。
町に育った今の女は井戸を知らない。刎釣瓶の竿に残月のかかった趣なぞ知ろうはずもない。
お見通しのよぉで、恐れ入りました・・・・
荷風さん、銀座で買ってきた缶詰をアテに葡萄酒をのみながら、独り宮薗節を聴いてたのかなァ・・・。偏奇館(今の泉ガーデン)だったら毎晩のように差し入れできるのに・・・。
まァ、およびじゃないだろうけど。
