休職中のTちゃんに会ってきた。

回復中。
しっかり回復中。
彼女が正しい過程の中にいることを確認できて、
とてもよかった。
人の成長、回復過程を目の当たりにして、
純粋に感銘をうけた。
ねじまき鳥クロニクルが
Tちゃんの状況を知る助けになっているし、
Tちゃんの状況から、
あらためてあの小説のストーリーを
考えさせられている。
Tちゃんに、
あの状況では、助けを求めることはできなかった。でも、もし、助けを求められたら。助けを求めるとしたら○○さんだったと思う。
と言われた。
彼女はいま、意識の中でやりなおしている。
そして、そこに、私が登場している。
シナモンは、
自分の存在意義の確認のために、
ミッシングリンクを埋めるために、
膨大なクロニクルを書いている。
それが真実かどうかではなくて、
「こうだったはずだ」ということが大切なのだ、
とそれに触れたオカダトオルさんはおもう。
Tちゃんのやってることは
それにそのまま当てはまる話だった。
本当は、Tちゃんは助けを呼ばなかった。
私も彼女が助けが聞こえなかった。
それが真実なのだけど。
真実が変わらなくても。
その真実による結果がかわらなくても。
それでも、やりなおすことには
意味がある。
そして、それは単に一人の心を救うだけではなくて、ちゃんと一人を成長させることを知った。
そして、Tちゃんの、これからの世界への接し方は変わるだろうし、それが、誰かを救うことにつながるのではないか。
Tちゃんがやっていること。
シナモンがやっていること。
いずれも
精神医学でいうところの
「未完了」状態のへの対応なのだとおもう。
なぜクロニクルでなければならなかったのか。
それは順番が必要だからなんだろう。
…………(トラウマ治療のサイトから)
本当はしたかったのにできなかったこと、
未完のこと(逃げたかった、言い返したかった、押し返したかったなど)を
イメージの中で再現して完了させます。
トラウマのエネルギーに巻き込まれないように
進める作業なので、
解消には相応の時間が必要になります。
……………………
(ねじまき鳥から)
時間をかけることを恐れてはいけないよ。
時間をかけることは
ある意味で、もっとも洗練された復讐なんだ。
…………………
Tちゃんは、
「助けを求められる状態ではなかった」という
安全を確保した上で、
「もし、助けを求められたとしたら?」という
事態を想定をする治療をうけているのだね。
本当の私はそれを解決できたかわからないけど。
でも、うまくいったかは別として、
何かしら動いたかもしれないなとは思う。
Kちゃんの委員の問題を解決したように。
こうすればよかった
あーすればよかった
という無意味な後悔と、
イメージの中で「やりなおす」ことは
全く違うのだね。
※
そんなことを考えていたら
昔々、助けられなかった犬を思い出した。
うちで犬を飼うまえのはなしだ。
ごめんね。君は汚れていたけど
とても可愛かったのに。
だっこしてあげられたらよかったのに。
ごめんね。
※
Tちゃんと接して思ったのは、
この子は本質的に
とても聡明で健全で健康な精神の持ち主だということだ。
そしてそういう人が、
「心的外傷」を受けた。
具体的な内容は知らない。
本人が知られないことを希望している。
でも、強い人は
時間がかかりながらも、
「正しい時間を」「正しい順番で」「正しい期間過ごして」ちゃんと克服して成長につなげていけるんだね。それをTちゃんから学んだ。
※
Aさんと違うなぁ。。。
Aさんは、言葉を選ばずいうと、
本質的に弱い。
現実を正しく見ていない。
トラウマのような「きっかけ」なんてなくても、
ストレスをうけやすい性質なんだろうなと思う。
この人が、
「過去のパワハラによるうつ状態」という大義名分のもとに(私が思うに、第三者が見て、本当に、彼だけが被害者の状況だったのかは極めて怪しいとおもっている)
なんやかんやで医療機関とつながっているのは
非常に有難い、よいことだと思う。
なお、そのAさんと昨日面談したら、
別れた奥さんの携帯電話番号を渡された。
自分が死んだら、孤独死で腐敗するから。
この人は住所知ってて鍵持ってるから。と。
今、特に体調不良があるとか
そういう明確な理由はなくて、
前々から孤独死が不安だからだそうだ。
大きな犬にヘソを見せられた気分になる。
ああ、この人は、こんな感じで、
自分を責めない人を全面的に信頼するんだなぁ。
もちろん、私は、この人を攻撃したり貶めたりはしないけどね。
しかし、私なんかより、親身に話を聞いて寄り添う姿勢を見せる犯罪者はたくさんいると思うな。。。犯罪に巻き込まれる人ってこういう人じゃないだろうかと心配になる。
そして、本当に孤独死して腐敗するのは、
私みたいに人を信頼しない
そしてあんまり必要としない人間だと思う笑
まぁ孤独死すればよい気もするけど。
たしかに腐ったら迷惑だよね。
親が死んだら誰を連絡先にすれば良いのだろう。マンションの管理人さんとかか??
※※※
※※※
あらためてねじまき鳥を考える。
いままでの記述も、
ここからの記述も、
たぶんとんだ見当違いを多く含むものだ。
だけど、考えることで、
自分や他人や世の中への理解が進む気がするから
続けてる。
実際に、Tちゃんに
「正しい時間を十分過ごすことが大事だと思う」
というスタンスではなしをきき、
「はやくよくなって」なんて言わなくてすんだのは
ねじまき鳥を読んでいたからだと思う。
(後もうひとつは犬を飼っていたからだ。
もらわれてきたあの子が、頭をすくめずになでさせてくれるようになるには、
私に心を許すよりも
はるかに長い時間が必要だった。)
ワタヤノボルの「極」は
人間が思うがままに意見や感情を表出すること。
それはやはりある種の匿名性を伴うというか、
それはそれで
「私ではない状態」なのだと思う。
その解放は
それは戦争のような
暴力が規制されない状況において行われることもあるし、
テレビやネットを介して
「匿名性」や「大衆の行動」の中で行われることもある。
オカダトオルの「極」は
個人が尊重され
名前があり、同定されること。
それによる責任や制約はたくさんあるかもしれないけど、その制約が個人を個人たらしめているという部分がおおいにある。
今の【私】という認識が、
オカダトオルさん側の極にあることが大切だ。
でもオカダトオルさん極が
本質的に持っているリスクが
ヒステリーだったり
トラウマだったりするということなのだろう。
そのときに応じた「自己」を自分でうまく設定することが大切だし、それが治療になる。
自分にぴったりな服装によってそれが象徴されている。
でも、それも本当はむりがある。
自己が現実世界の影響をうけている以上、
自己は絶えず変容し、
そうである以上は
その自己を外から完全に正しく見ることはできない。
だって見ている自分も自己なのだから。
ウロボロスのなんちゃら。
僕を見ている僕。
ナツメグの動物園はどこまでもひろがり、
シナモンは色々なことを知り、把握している。
そしてシナモンの語る物語はどこまでも続く。
でも、シナモンは現実世界において
現実に語ることができない(声を持たない)。
現実に影響力を行使するには
「箱(家)」が必要なんだろうな。
ナツメグが行っていた治療とは
動物園を想像することだった。
それって安全な状況で
「表に出られなかった色々なこと」を
一時的に解放するみたいなことなんだろうか。
でも、それが完全な治療になっていないことを
ナツメグは知っている。
それは動物園は現実世界ではないから?
あるいは、未完了状態のままだから?
それに対して、
シナモンはクロニクルを書き続けている。
ナツメグが場を提供し、
シナモンがそこでナラティブを繋ぐ。
なぜそうだったのか、とか。
なぜこのときだったのか、とか。
それは科学とは次元が違うものだよね。
シナモンは未完了を完了しようとしているということだね。
つまり、シナモンはナツメグができない「治療」ができる可能性がある。
でも、シナモン自身は声を持たないから、
そのストーリーを
現実とつながなければいけない。
思えばオカダトオルさんは基本的にはtangible さを重視する人だ。標準的な背格好で身の丈に会ったラフな服装をしている。
関係ないかもしれないけれど、
人を襲う妖怪やお化けって、
誰かを助けるために産み出されたものだったのかもしれないなと思う。
そして、実際に、とてもたくさんの人を救ってきたのではないか。
3good things
豚肉が美味しかったこと
予定に縛られなかったこと
テレビをつけなかったこと
