今日、出社したらKちゃんがS先生ともめてた。

(まあ、大したトラブルではないけど)

えー…

確かに、S先生はKちゃんに厳しいと思う。

一方、Kちゃんが、ときどきこちらの趣旨を理解してくれないことがあるのも確か。

頑固なところがあるし。

でも、間違いなく、まじめに一生懸命やっていて
そのことにプライドがあるから
S先生の言ってることに納得いかなくて抗議している。
(とても一生懸命やっているのに
 やんわりとした表現であっても「もうちょっとまじめに…」みたいなこと

言われたら怒るのは当然だ)

そのKちゃんからの怒りがにじむメールに、
急に私がCC入っていたので、その状況を知得した。



S先生からは、
その後、私だけに対して、
Kさんをちゃんと指導してくださいという主旨のメールが来た。
えー...

ーーー

先日、Yさんが別の取引先のJさんともめたときも
Jさんが突然私をCCに入れてきたから、トラブっている状況を知った。


ーーー
介入疲れた\(^^)/

 



でも…、まあ
「この人は頼りにできない」

「この人がはいると余計ややこしくなる」と思っていたら、
CCに加えてこないよね。

信頼というよりは、「おまえがなんとかしとけ」というだけかもしれないけど。
そして、前、ブログに書いてたように、

私が「消費される人間」なだけなのかもしれないけど。
だとしても。

CCに入れてもらえるのは、
喜ばしいことではないだろうか。



もう10年くらい前になるけど、
取引先とトラブルになってたとき、

当時の上司が私のことを全く助けてくれなくて、
そうしているうちに、どんどん他の仕事が溜まって、

毎日が絶望的だったのを思い出す。

あの頃、トラブっている最中、

上司をCCに入れるなんて考えられなかった。

なんといわれるか分かったものじゃない。
頭の中を整理して、

「かくかくしかじかでこんな状況です」とトラブルの状況を説明しにいった。
まあ、だからといって、

罵倒されることや、鼻で笑われることはあっても、
助けてくれるなんてありえなかったんだけど。

 

そういう意味では、
わたしは「正しい」感覚を維持しており、

「正しい」トラックに踏みとどまっているように思う。

会社のわたしの周りの人も、私と近い感覚の人が多いと思うから
「良い時代になった」と言ってよいと思う。


私にとって不本意なかたちで、当時の上司と離れたとき、
餞別(お金。そんな習慣当時もう廃れてたけどその上司含め古い人は渡してた)が

むなしくて悔しくて
破ってごみ箱に捨てた。(本当は寄付とかすればよかったけど余裕なくて)

そのころ
Don't Cry. Just Revenge.
The Best Revenge is  to LIVE WELL.

という言葉を知って、手帳に書いて、毎日読んでた。

その経験に囚われて、怒りで時間を費やするよりも、
それにとらわれないで、

『正しい時間』を過ごして、『健全に幸せ』になることが
自覚・無自覚にかかわらない

「悪意」や「理不尽」に対しては、一番の復讐になる。
だって悪意の目的は、相手を苦しめることなんだから。達成させちゃダメだ。

もちろん、
私が受けた「攻撃」が、そんなに深刻なものでなかったからこそ
そう思えているだけかもしれないけどね。

だとしても、知っておく価値がある言葉だと思う。

そして、To Live Wellとは、
誰かが困ってたら(消費されていたとしても)

手伝うことができることじゃないだろうか。

自分が受けた「嫌なこと」を、分解・分析して
人を理解して、うまく折り合いをつけていくための

『糧』にしていくことじゃないか

と思ってる。
(なにくそ~みたいなのとか、この悔しさを忘れず~とかは微妙に違う気がする。

疲れるし…)