回顧録 Vol.4 幻のハンドメイドタイ
ロンドンにあったショップDEBONAIR(デボネア)のネクタイ。
DEBONAIRと聞いてピンとくる人がいるとすれば、それはかなり90年代の英国のクラシックに精通する人だと思います。
DEBONAIRはロンドンのROYAL OPERA ARCADE(ロイヤル オペラ アーケード)にあったハンドメイドのネクタイを扱うショップでした。
80年代後半頃に当時のBEAMSのロンドンオフィスのスタッフ(現高円寺 MOGI Folk ArtのTerry Elis氏)が街を散策中に偶然見つけたショップで、その小さな店に入り店主に話を聞くと、その店主(POUL SAADE ポール サード氏)はもともとTURNBULL&ASSER(ターンブル&アッサー)に勤めていて、独立してその店を始めたということ。
そして、ネクタイは地下の工房で裁断から縫製まで全てハンドメイドで作られていることを知り、そのロンドンの小さな店でしか売られていなかったネクタイをBEAMSで展開することになりました。


上の画像は1989年に初めてロンドンに行った時に撮ったDEBONAIRのディスプレイ、下は1991年に同じく私が撮ったディスプレイです。
当時すでにBEAMSで英国ブランドのネクタイをいくつも展開していましたが、デボネアのネクタイは英国のクラシックをストレートに表現した柄とソフトでふかふかした芯地、ひと目でハンドメイドとわかる縫製が他のブランドにはない雰囲気で、スタッフや顧客様の間で大人気となりました。
毎シーズン新しい柄が入荷するとすぐに完売するほど人気があり、当時クラシック好きのスタッフはデボネアのネクタイを競うように購入していました。
このネクタイは私が唯一所有しているDEBONAIRのネクタイです。
1990年か91年に購入したものですが、当時ネイビーブレザーとあわせようと思い購入しました。
当時はイエローベースのネクタイが人気だったこともありこの柄を選びましたが、実際に着けてみるとストレートな英国のクラブタイの雰囲気がブレザーとあわせると制服っぽく見えてしまい、なかなか自分のものにするのが難しかったことを今でも覚えています。
DEBONAIRのショップは初訪問した89年から90年代中頃までロンドンに出張に行く度に訪れていましたが、今では少なくなってしまった英国紳士の為の洋品店という雰囲気が色濃く感じられるショップでした。
実はDEBONAIRのネクタイはBEAMS Fではなくインターナショナルギャラリーで展開していたので、私はバイイングしていなかったのですが、上司がバイイングする際に毎回立ちあって生地を選ばせてもらっていたので、自分にとってもとても印象深いネクタイなのです。
当時を知らない人にとっては、なぜインターナショナルギャラリーでこれほど直球な英国のネクタイを展開していたのかと思う方も多いと思いますが、90年代に入り英国調がトレンドとして台頭してきたこともあり、世界のトレンドをいち早く紹介するインターナショナルギャラリーにとってブリティッシュスタイルを打ち出すことは自然な流れでした。
ちなみに、それ以降英国でニューテーラーのムーブメントが起き、インターナショナルギャラリーでRICHARD JAMES(リチャード ジェームス)を展開しましたが、それも90年代の英国調のトレンドの流れであることは言うまでもありません。
それほど人気だったDEBONAIRのネクタイですが、実は私が購入したのはこのレジメンタルタイ一本だけでした。
当時BEAMS Fの英国のネクタイの主力ブランドはDRAKE'Sでしたが、DRAKE'Sは英国ブランドでありながら英国よりもイタリアやフランス、アメリカが主なマーケットだったので、ジャーミンストリートやサビルローの老舗で売られているネクタイに比べると色使いも柄も洗練された雰囲気がありました。
自分はどちらかと言えば、ジャーミンストリートの老舗で売られているようなコテコテな英国調のネクタイよりもDRAKE'Sのような洗練された英国調のネクタイが好みだったので、ド直球な英国調のDEBONAIRのネクタイにそれほどはまらなかったというのが理由です。
デボネアは2000年代前半に閉店してしまい、当時ロンドンの数あるアーケードの中でも地味な存在だったロイヤル オペラ アーケードも、今ではお洒落なカフェやアートギャラリーが並ぶ洒落たアーケードに変わりました。
90年代は色々な意味で英国のクラシックが元気だった時代。
当時はロンドンの街で小さくてもこだわったものづくりをしていたショップがたくさんありました。
このDEBONAIRもそのひとつで、私にとってとても印象深いショップであり、オーナーであるPOUL SAADE氏の物腰が柔らかい口調で語るネクタイへの情熱が今でも印象深く記憶に残っています。
DEBONAIRのネクタイは日本ではBEAMSが独占的に販売していたこともあり、販売した本数もそれほど多くなく、ヴィンテージのマーケットで見つかることも少ないと思います。
ロンドンでも知る人ぞ知るというショップだったので、ビンテージマーケットで見つけるのは難しいでしょう。
古着を買わない自分が言うのもなんですが、英国好きの方は古着屋さんで程度が良いものが見つかれば、迷わず購入することをおススメします。
DEBONAIRのネクタイは、英国好きの方にはたまならい幻のハンドメイドタイです。

