BEAMS F 40周年
先週22日BEAMS F 40周年のパーティーが開かれました。
今の原宿店のカジュアル店舗の片隅に僅か2.5坪というスペースでオープンしたのが1978年。
私がまだ中学3年生の頃ですね。
その後、私が入社二年目の87年に同じ原宿のファームビル(20数坪)に移転。
さらに90年代に入ると現在の場所に(約50坪)に移転し、その後2階ができて現在のBEAMS Fのかたちになります。
私がファームビルに移ったBEAMS Fに異動したのが1988年。
その後ショップマネージャー、アシスタントバイヤー、バイヤーを経て現職のクリエイティブディレクターになったので、もう30年もBEAMS Fに関わっていることになります。
色々なことがありましたが、当時異動希望を出す人もほとんどいなかったBEAMS Fに自ら志願して異動し、30年後いまのポジションでいられるのも、本当にBEAMS Fと強い縁があったからなのだと思います。
当日は多くのお客様にご来店いただき大盛況でした。
私がショップマネージャーだった頃から通い続けてくださっているお客様も数名いらっしゃり、懐かしい昔話で盛り上がりました。
本当に長い間ご贔屓いただきありがとうございます。
歴代のショップマネージャーが集まり皆様にご挨拶。
左端は初代店長の元ユナイテッドアローズの社長の岩城哲哉さん。
岩城さんに来ていただけるなんて本当に恐縮です。
お忙しい中ありがとうございました。
私の隣はBEAMS Fに異動した時にショップマネージャーだった登地勝志さん。
無類の高倉健と007マニアです。
登地さんは店長時代スーツのジャケットの下にモデルガンを入れたフォルスターをして仕事していました。(笑)
当時のBEAMSは今よりさらに濃いスタッフがたくさんいた時代です。
30年前と全くスタイルも変わらず、ブルーのタキシードを素敵に着こなしています。
今はスタイリストして江川卓さんのスタイリングなどを手掛けられています。
4代目生田目さんから10代目の青木マネージャー(現職)までは全員在籍しています。
それだけBEAMS Fの正統なスピリットが継承され続けているという事ですね。
因みに、10代目の青木マネージャーと私はギリギリ一緒に店舗で働いています。
2階には40年間のアーカイブを展示しました。
主にイタリア製品をバイイングする以前の80年代から90年代のものを中心に展示しました。
その中から代表的なものをご紹介します。
BARLOWSのP&O パーカ
私がアルバイトとして働き始めた80年代中頃にM65と並んでBEAMSのスタッフのマストアイテムだった英国製のマウンテンパーカです。
当時ロンドンのセレクトショップ BROWNSのスタッフが着ていたのを見てBEAMSでもバイイングしたのが始まりだと聞いていますが、まるでスタッフの制服のように皆ジャケットやスーツの上にこのP&OやM65を着ていました。
私もBEAMSに入社して始めた購入したアウターだったので、思い出深い一着です。
GLENMACのニット。
90年代中頃に私がバイイングしました。
当時はINVERALLANもBEAMS Fでバイイングしていて、代理店が一緒だったこともあり、この頃は毎シーズン何かしらバイイングしていました。
当時はイタリア製のニットはほとんどなく、英国製のニットが主力でした。
このクリケットセーター、今見てもいいですね。
この頃バイイングしていた私にとっては、今またその流れが来ているのも理解できます。
SHETLANDS OF SHETLANDのフェアアイル。
最初は本当の手編みのハンドニットでしたが、その後数年で編み手が少なくなりハンドフレームに変わりました。
アメリカのTROY(トロイ)やGITMAN(ギットマン)、IKE BEHAR、英国のSTEPHENS BROTHERS(スティーブン ブラザース)、JERMYNSTREET SHIRTS MAKERS(ジャーミンストリート シャツメーカーズ)、HAINES & BONNER(へインズ & ボナー)、BOWRING ARUNDEL(ボーリングアランデル)、ALEXANDER RADCLIF(アレキサンダー ラドクリフ)、フランスのLAGOMDA(ラゴンダ)など、どれもイタリアブランドを扱う前に私がバイイングしていた懐かしいブランドばかり。
タッタ―ソールのシャツやタータンチェックが多いですが、これも90年代に大流行して今また流れが来ているのがわかります。
80年代前半頃のオリジナル ジャケット。
当時のオリジナルはWINDSOR & SIMPSON(ウインザー&シンプソン)というベタなネームでした。(笑)
私がアルバイトで働き始めた85年頃はギリギリこのネームが使われていました。
2ボタンの絞りのないボディーでセンターベンツが当時の定番。
生地は当時よく使っていたCALEDON(カレドン)というアイリッシュ ツイードです。
因みに、RING JACKET製です。
リングヂャケットさんとも本当に長いおつきあいです。
80年代後半のパリの OLD ENGLAND のヘリンボーン ジャケット。
この頃はまだ英国調のトレンドが来ていなかったので、80年代のトレンドであった低いゴージ位置と低いボタン位置のこんなモデルのジャケットがパリの老舗でも主流でした。
その後、90年代に入るとOLD ENGLANDも3ボタンや6ボタンのダブルでシェイプの入ったサイドベントのモデルが主流となります。
IVY型のディティールをカジュアルなアンコン仕立てにのせたこのジャケット。
当時ヨーロッパ最大の展示会だったフランスのSHEM(セム)でバイイングしたブランドでしたが、もともとアメリカ好きのスタッフが多かったのと、フレンチトラッドの流れもあって毎シーズン早期に完売する人気のジャケットでした。
因みに、10年くらい前にPITTI UOMOのJ.KEYDGEというブランド名に変わって出展していて、BEAMS PLUSが数シーズンバイイングしていました。
80年代や90年代はアメリカブランドのネクタイもバイイングしていました。
右の2本はGARRIC ANDERSON(ギャリック アンダーソン)、左はJOSEPH ABBOUD(ジョセフ アブード)
DA FRIENDのドクターバッグ。
私がBEAMS Fに異動した頃、既に英国のダレスバッグ(ドクターバッグ)が定番でした。
PAPWORTH(パップワース)やDOLPHINE(ドルフィン)などの様々なブランドがありましたが、一番人気があったのが上の画像のDA FRIENDのドクターバッグ。
上部の開口部がラウンドしたボウトップが特徴で、90年代後半に柔らかいレザーを使ったイタリア製のブリーフが主流になるまでベストセラーのバッグでした。
今となっては大きくて重いバッグですが、当時のドレススタイルには欠かせないバッグでした。
CHURCH'SのFIARFIELDとRYDER。
POULSEN SKONEを扱うまでBEAMS Fで英国靴と言えばチャーチでした。
その中でも私が入社する以前から扱っていたFAIRFIELDとRYDERは最も定番のモデルと言えます。
左のフェアフィールドは当時最も人気のあった73番ラスト。
今は廃版のラストなので貴重ですね。
それにしてもT君の靴汚すぎですね・・・(苦笑)
GEORGE CLEVERLEYのローファーとサイドエラスティック。
90年代前半から扱いを始めたGEORGE CLEVERLEYの人気モデル。
左は今シーズン復活させたモデルで、右はビスポークでも人気だったUモカのサイドエラスティック。
この2モデルはいまでもスタッフの間で人気のあるモデルです。
宴も中盤にさしかかったところで社長の設楽からご来場いただいた皆様にご挨拶。
BEAMS Fを始めたエピソードや初代のマークのデザインについてのエピソードなど、当時を知らないお客様がほとんどだったので、皆さん興味深く耳を傾けていらっしゃいました。
後半は私と西口と高田のトークセッションもありました。
40周年に絡めて人に歴史ありと言う事で、それぞれの昔の画像をお見せしながら当時のコーディネートについてお話しました。
最後に設楽社長を中心にパーティー参加スタッフ全員で記念撮影。
アメリカ東海岸のテイストからスタートし、フランス、英国、イタリアと様々なスタイルやテイストを提案してきましたが、40年間続けてこられたのも私達の提案に共感してくださる皆様のおかげだと思っています。
クラシックと言えども時代が変わればスタイルも変わっていくものですが、今後も軸はブラさず、古臭くならず、時代性のあるクラシックをテーマに皆様のご期待にそえるよう精進してまいります。
これからもBEAMS Fをよろしくお願いいたします。
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