義母と義姉は「お嬢様」といわれると、すっごく怒る。
それは「お嬢様」イコール「世間知らずの馬鹿」という意味だから、ということらしい。
私なら「お嬢様育ちって感じね」と言われたら、品がある、教養があるという意味に取って喜ぶが、そもそも「お嬢様」と呼ばれて喜ぶ時点で「お嬢様」ではない。
先日義母が「お嬢様というとお金があるイメージだけど」と反論したので、私が「おかあさんは清貧なお嬢様ってことです」と言っておきました!
そんな義母のお嬢様エピソードの最たるものはこれ!
義母はもう数年ちゃんとした食事の支度や買い物をしていないんだと思う。私たちが高崎に来てから、毎食夕食を届けている。翌日の朝食や昼食用に、それと一緒にパンとか持っていくことも。私はもうそれが嫌で仕事を始めたのだが(免罪符になるからね!)、主人がほぼ毎日夕食を届けている。
私たちが家を買ったとき、それは義母と一緒に暮らすための家なのだが、実家から少し遠くなる。その当時のマンションは歩いて15分、今度の家は歩けば30分から40分。義母は引っ越さないというので、Y子おばちゃんが意見をしてくれたの。
「これから子供たちも遠くなって、食事を毎回作って運ぶのも大変になるのだから、引っ越さないのなら自分で三食食事の支度をしなさい。できないのなら、子供と一緒に暮らしなさい」と。
それに対する義母の答えがぶったまげヽ((◎д◎ ))ゝ
「私は食べないから大丈夫」とおすまし顔で発言。
ま、結局変わらず毎日主人が食物を届けていますよ。私が会社終わってから買い物してつくって運ぶ、だと遅いから、基本は「和幸の一口ひれかつ、はげ天のかきあげ、すずらんの7貫のすしパック」のローテーション。それを毎日買って毎日届ける主人って・・・((>д<))
私なら飽きちゃうけど~。私が来る前も、そのあたりの惣菜を主人とかが次に高崎に来れる日まで分とか買って届けるって感じだったし。そうそう、そのころは「崎陽軒のしゅうまい弁当」「おぎのやの峠の釜めし」「登利平のとり弁かから揚げ弁当」がローテーションに入っていたようだ。
で、義姉のお嬢様エピソードはこれ!
義父が最初に倒れた時、東京から高崎に通って看病ってかんじだったの。
実家には泊まれないから(義母は片付けられない女でモノであふれかえっている)、ビジネスホテルに泊まる。毎回だと交通費もかかるしお金が大変、ってことで、義姉の家に泊ることに。
義姉は子供がいないので、夫と二人で3LDKのマンション暮らし。十分人を泊めるスペースはあると思うが、やはりモノであふれかえっている部屋に私はちょこんと泊まらせてもらいました(当時の私はすでにデブだったがまだふっくらしている程度)。
ところが、義姉に「大人が三人だと疲れるのよ!!」といった暴言を吐かれたのでした・・・。
つまり大人二人で暮らしているところに、誰か泊りに来ると疲れると。当時は、主人と私が交代で泊まりに来たりしていたから。
それから、主人と私はお金がなくなってもいいから、ビジネスホテルに泊まろう、ということにしました(TωT)
私は心の中で「あんたの父親の面倒を見に来ているんだよ!近くに住んでいるあんたがやれば、私は来なくていいんだよ!」と叫びました・・・(´・ω・`)
今思えば、彼女は父親が倒れたことで情緒不安定だったんですよねえ~。でも50を過ぎた大人なら、弟のお嫁さんに「遠いところからわざわざ来てくれてありがとう」ぐらい言ってもいいのにねえ~。
最初は義父の洗濯物を義姉がやっていたようだけど(義母はやらない)、あまりに処理が遅いというか、やりたくないようなので、主人が東京に持って帰って、そしてうちで洗濯。洗濯物が新幹線で運ばれる異常事態でしたよ・・・(T▽T;)
ああ、私もお嬢様になって、こんなわがまま勝手な言動をとりたいものです・・・っていう私は、絶対お嬢様になれない!!
今でも、義母や義姉にはカチンとくるけれど、「まあ、しょうがないよ。できない人もいるし、気付かない人もいるってことで。」ってなかんじで、雑用は結局私がする、私はそんな苦労人タイプ(自画自賛じゃなくて自虐自賛)。![]()