何ものにもならなくて良い
ヨーガを行いながら、何かを理解しようとしなくて良い
もう少し、もう少しと何かを理解しようとしている
ただ行えば、そこにあるものを、遠くに探しに行こうとする
クンダリーニの大覚醒が起こらないとならない
ヨーガスートラの第三章に書かれていることが修行の進んでいる証なのだ
解脱し、真理に達すれば全ての問題は解決するのだから
その喜びは筆舌に尽くしがたいのだ
どれほどそれを強く望もう。
その方向で間違いないはずと
真我探求は遅々として進んではいない
どこに目を向けるべきなのかが問題なのだ
信頼とくつろぎこそがそのガイドなのだ
どこに信頼を置き、何にくつろぐのか
そこに自らのヨーガがある
そうであっても
目標を定めて置かないと
どこにも到達はしないと
お叱りの言葉が聞こえそうですが
目標といいますか
自ら内の問いというのは
自ら内に答えも内蔵しておりますので
問いが生まれることは
自然なことでもあるでしょう
答えをどこか別のところに置くことはしないで
ただその寛ぎを愉しむところで
どうでしょうか~(^0^)
いつの間にか
答えと共に在ることに気がつくこと
何ものにも束縛されることのない
正真正銘の自由・平和は
自らの裡にただ在ることを
ただ知る・気がつくこと