先日
ペラペラ~~と
「ヨーガ禅道話」佐保田鶴治著を読んでおりますと
ゼロ人称で座るということが書いてありました
ぼく、わたし、わたしたち、などの一人称が消えた世界です
この一人称はわたしという心です
この揺れ動く心=わたしに囚われない
ゼロという
時間を超えた世界
物理世界を超えた世界を知ってゆく
そんな理解だそうです
心も物理世界=エネルギー世界ですね
エネルギーではないところ
真実の「わたし」
気づきの意識こそが
本当のわたしというところでしょうか
ゼロ人称で在れるという「坐」は
まさにヨーガの神髄ですね