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G.Wに笠間焼の市へ行ってきた。
笠間は茨城県にある。
例年G.Wには益子焼(栃木県益子町)の陶器市へ行くのだが、益子焼陶器市は5月と11月と年二回あるため、このG.Wには笠間焼を観に行こうとなった。
出店形式についての違いは益子焼陶器市の場合は、焼物屋が軒を連ねる大きな通りの両側に出店が並ぶのに対して笠間焼陶器市は公共の大きな公園にテントで各店舗が出店する形で開催される。
大きな違いは、益子焼はメイン通り約1kmを端から端まで歩いてお目当ての品を探すのに対して、笠間焼は公園内に集結したテントを一回りすればよく、徒歩の移動範囲に違いがある。
但し益子焼はいつも決まった場所にお店があるのでお気に入りのお店へ迷わず行けるが、笠間焼の公園内の出店場所は毎回抽選による決定のためMapを片手にあの店はどこだっけ、となる。
どちらの出店形式もこの陶器市を複数回見に行く事のない人にはあまり関係のない話だが参考に。
今回訪問した笠間焼陶器市では主に色付きのお皿を中心に物色した。
我が家の食器は所帯を持った当初には真っ白で統一して、それはそれでよいのだが、料理を盛り付けたときにせっかくの料理が何だか味気ない雰囲気になり、外食などで出される食器をいろいろ見ていくと、主に温泉宿などでは趣のある器で提供される場合が多い。
こうした物をたくさん見てきて、そろそろ一新したいと数年前から徐々に入れ替えをしてきて、いまでは白い食器は数えるくらいになり、いろんな雰囲気の食器が増えてきた。

食器の話とは少し違うが
『美味しさは料理の中に存在しない』と伏木享教授(味覚と嗜好の専門家)の言葉があるように、美味しさは料理だけでは成立せず、一緒に味わう家族や友人、その室内の雰囲気、温度、そして器などによって出来上がっていると考える訳で。
もちろん料理がちゃんと出来ていることは言うまでも無いが、こうした周りの要素も大切にしていきたいと思う。

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今夜は恵比寿で孝のライブを観た。
昨年末にサポートでギターを弾いた新宿でのライブのあとからは、自分は一緒に活動する事を停止しており、孝はひとりで歌とギターを弾いてステージに立っている。
やはり歌う事とギター演奏は大変であって、彼は出来ればギターは弾かずに歌いたい気持ちはまだ変わらないと思うけど、今日の内容を見る限り、ギターを弾く立ち姿は格好よかったし、ギターもちゃんと弾けていたと思う。
コードポジションも考えて工夫していたし、アレンジも考えて表現していたと思う。
成長の見られたライブだった。
”君よ”の歌詞にあるように、
”Fly、羽ばたくための羽根があるなら努力次第で叶えられる”
その通りだ。
いまは試練のときだと思うがきっとチャンスはくる。(待っているだけではダメだけどね(^^))
これからも応援するよ(*^_^*)
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土曜日に元仕事仲間の葬儀に参列した。
突然の訃報でこんな形で対面するだなんて言葉も出ずただ悲しさだけしかなく…
元仕事仲間と書いたのはかつて同じ部署で一緒に仕事をしていたのだが、自分の職務が変わってからは仕事で絡む事はここ2年間くらい全く無くなり、会社でたまに顔を見るくらいとなっていたからで。最後に会ったのも思い出せないくらいに疎遠になっていた。
先週半ばに出勤してこないのを同僚が疑問に思い本人へ連絡をとるも電話も繋がらず、部屋を訪ねたら既に他界していたとの話を聞いた。元々持病があったのは知っていたが、あまりに突然過ぎる別れとなってしまった。
自分が福岡に転勤して本社を離れていた時に、一緒に本社で仕事をしたい人だと自分を指名してくれて、それがきっかけとなり再び本社へ戻る事が出来たいきさつがある。福岡へ赴任する前の約2年間、彼と共にたくさんの仕事をした。その仕事内容を認めたから指名をかけたんだという話しを本社に戻ってしばらくしてから聞いた。そんな思いを持っていてくれた事がとても嬉しく、また、その考えを実行に移してくれた事には本当に感謝するしかない。
贔屓のプロ野球チームは彼は巨人、自分は中日とそこだけは相容れないものはあったけど、公私ともに何かと気にかけてくれた素敵な仕事仲間だった。
もう会えないなんて信じられない。
人はこうも簡単に死んでしまうものなのか?彼は幸せな人生だったのだろうか?
日々の生活に追われて自分のことで精一杯になりがちだが、大切な人との時間は時には何とか工面して作るべきというのを思い知った。
生き別れならまた会えるチャンスはあるが、死に別れはどうしようもない。自分があちらに行くまでは。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
世の中なんだかんだあるが、やはり人とのつながりがあっていまの自分がある訳で、自分の力だけでやれている事なんてホンの僅かな事しかないことを肝に銘じなければならないのを再認識した。
僕は中日ファンだけど、今年は巨人の戦況の行方も少し気にしてあげよう。
またいつか彼と会える日がありますように…
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平服でお越しください
とパーティーなどの招待状に書かれていたら要注意。耳慣れないから普段着?と思ってしまったらアウト。ノージャケットで会場へ行くと大恥をかく。
思い込みは恐い。また、経験で判断するのも恐い。
平服って?と疑問に思ったら調べてみよう。
平服は簡単に言うとスーツという事で礼服がいわゆるモーニング、イブニング、タキシードの類。

装うという事は会う相手に敬意を表する事だから自分のためではない、というのが根底にある。
ドレスコードが日本に今ひとつ浸透しないのは日本が歴史的にパーティー文化ではない事が大きいと思うけど。
自分もそんなドレスコードの知識やエチケットもろくに知らない若かりし頃、そりゃあヒドイ格好でパーティーへ行った事があった。
あれは今でも鮮明に覚えている。
完全に浮いていたと思う。
パーティーの中身なんて全く覚えてない。
当時の財布の中身の問題もあり、ちゃんとした装いを揃えられず間に合わせで着ただけ。
当時はマイカメラは少数派だったから誰かのカメラにあの姿は写りこんでいないと思うがもし残っていたら冷や汗モノ(*^^*)永久抹消希望。
こんな経験なども経て今がある。
やはり苦い失敗は若い頃にいろいろすべきだね。

パーティー用にと、なにも全身揃えて新調しなくてもいいからせめて普段の仕事スーツとは何か一つでもいいから変えたい。ダーク調も重いし華やかさをホンの少し入れたい。

学ぶことはまだまだあって、先日ショップの店員にジャケット用のタイを幾つか選んでもらったとき、レンジメンタルの場合、ストライプの幅が全て同じモノはジャケット用でありスーツにはNGなんだそう。これは教えてもらってよかった。
確かに均一のストライプ幅のタイはデザイン的にもスーツに不向き。
あとはパンツとベルトに関して。
ベルトは飾りだから、パンツはベルト無しで下がってこないサイズでないとならないのだそう。
ベルトで締めてホールドするというのは違うようで。あと、靴とベルトは色と質感を同調にするのだが、片方がスウェードの場合、必ずしももう片方もスウェードでなくてもよいらしい。

何事も、受け入れる気持ちが大切。そうして経験を積んでより洗練されその上で尚も受け入れる気持ちを持ち続けたいと思う。

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今日から2014年度のスタート。
笑っていいとも!が終わり、ジャンボ機が引退し消費税が上がった。
ウチのボスも交代した。
新会社へ移籍しあと半年で13年が経つ。第二の故郷浜松で過ごした年月と同じになる。早いものだ。
年齢的にもいま人生の折り返し地点にいると感じる
残りの半生、より実のあるものにしたいと最近考える事が多い。
健康に暮らせる今に感謝して日々を大切にしたい。
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