冬が好きなのは子供の頃からだ。
決してサンタさんを信じていたからではない。
私が育った家では幼少時期に父母がサンタになってくれたことはない。
夫との関係を見直すにあたり、自分自身と対峙した時に思ったが、わたしは幼い頃から少し他の子どもと違っていたのではないかとここ最近そう思う。
子どもの頃のわたしは夜中に突然布団から出ては、ベランダに立って夜空を眺めていた。
あの星はなんで光ってるんだろう?
光っている星の大きさはどうして違うんだろう?
宇宙人が住んでいるのかな・・・明日は晴れるかな
そんなことを1~2時間も思いながら平気で夜風に吹かれていた。
このようなことが癖づいて、宵っ張りになった。
徐々に身体と心が大人に近づいても、それをやめられなかった。
その日にあった嫌なこと、寂しかったこと、嬉しかったことを誰に報告するでもなく、
ただただ夜空に向かって思った。
まるでジョバンニとカムパネルラに語り掛けるようにして。
よく風邪をひいていたのも、そのせいかもしれない。
どんなに寒くても、夏よりも春よりも秋よりも冬の空が一番きれいだ。
だから私は冬が好きだと言っている。
そして、私はひたすらにこの感情を共感できる人を探した。
以前ダニエルパリの夜の記事の中でも、パリの夜空を少し眺めながら寝た。
ひたすらに空を見つめる私を、彼は「ハルは空が好きなのだ」と思っていたし、そう言われたことがある。
でもそうではない。
冬の冷え切った空気に研ぎ澄まされた凛と映る空が好きなのだ。
いまでも、夜な夜なカーテンを開けて時々空を見上げる。
あぁ・・今夜の空は曇っていて星が見えない。
残念だ。
だが曇り夜空もまた、クールだ。などと思ったりしている。
そして子供の私はベランダから部屋へ足音を立てないようにして戻り、あたかも寝ていたかのように布団の海へ潜っていく。
娘が生まれてからはさすがにベランダに出ることはなくなった。
それでも時折、部屋のカーテンをチラっと開けては空を見る癖がある。
もうあのころのようにしっかりと星が見えない。
私の目が悪くなったせいなのか、あの時よりは少し街中に住んでいるせいか。
そしていつしか私も、
幸せは何気ない毎日の中にしっかりと埋もれているものだということに気付いていった。
今は春も夏も秋にも、それぞれの良さを見出すことが出来るようになっている。
大人になると、子供の頃に見えていた純真なままの景色が見えなくなると聞くが
子どもの目を通して、子供の成長を通して、また新しい世界を見ることができている。
失敗があっても
落ち込むことがあっても
桜は綺麗だ。