第二部『別れと再会』

あの日から、私は飯嶋君にもシィちゃんにも、そして拓真君のご両親にも会っていない。それどころか、高校生活を共におくってきた友達とも会っていない。

怖い。ただ怖かった。拓真君との思い出で悲しむことが、私には耐えがたい恐怖だった。

それからの私の心は、終わることのない冬をまとい始めた。

アルバイトや大学のレポートに追われる毎日をおくっているが、ふとした瞬間に無表情な拓真君が脳裏をかすめるのだ。

そういうとき、一日、私は孤独感と無力感、そして絶望感に支配される。

そして気がつく。もう、拓真君の声をすでに忘れてしまったことに。だけど彼との遠い過去は、忘れられない。それどころか悲しみと憎悪で色濃く頭の中に蘇ってくる。

私は、どこで何を間違えたのだろう。なぜ復讐は許されないのだろう。なぜ被害者が耐えなければならないのだ。

小さなアパートで、天井をジッと見つめながらそんなことばかり、今日の私は考えている。

『なぜ』がつきまとう。

いったいなぜ、こんなありえない現実に迷い込んでしまったのだろう。

気晴らしにタバコをくわえ、新聞受けの中をチェックしようと外に出た。

「……憎らしいくらい、綺麗な夕焼け」

 拓真君は夕焼けが好きだったことを、私は思い出した。

 彼の部屋の壁にはたくさんの夕焼けの写真が貼られていた。

 思い出したくないけど、思い出さずにはいられないし、それを大切にしたいという気持ちも、心の片隅にあった。

「ねぇ、拓真君。何で目を覚ましてくれないの? このままじゃ、約束……」

 ――約束。そうだ。拓真君はまだ約束を守ろうとして、目覚めようとがんばっているかもしれない。それで私の脳裏に現れるのか。

 私は明日の朝一番に病院に行こうと思った。

第三部『目覚めぬ約束』

 僕は毎日、お兄さんのお見舞いに行く。たまにお兄さんの家族や友達と会うこともあるが、千石さんというお兄さんの恋人とは会えないでいる。

 たぶん現実が辛すぎて、そしてむなしくなるからだと思っている。

 さぁ。今日もお見舞いだ。

僕はできるだけ質素な服装をする。黒い長袖とジーンズ、黒のシューズ。いつも遊びに行くときはアクセサリーもつけたりするが、そんなふざけた姿で僕は恩人の前に出るつもりはない。

 玄関から外に移る。今朝の天気予報では午後から雨が降るとあったが、午後四時現在、空は快晴だった。

「なんだろう。空が、いつもと違う気がする」

 今日、何かが起こる。そう、確信した。

***

 面会時間終了まで一時間。

 私は受付で尋ねた病室の前にいる。〝三原拓真〟という名札が貼られている病室の前だ。

 一つ息を吸い、そして吐く。それからノックをして仲に入っても大丈夫か合図を送る。しかし聞こえる音は何もなかった。

 それから数秒おき、病院の壁と同じ白のスライドドアを滑らせた。

 四角い病室の壁際にベッドがあり、彼が眠っていた。

 夢に出てくる、あるいは脳裏に浮かぶどの拓真君よりも、目の前の拓真君は優しい顔をしている。

 その時だった。

「もしかして、三原さんの……」

 後ろから声がした。少年の声だ。数年前よりもどこか大人っぽい低い声だ。

 振り向くとやはり、サッカーボールを持った少年が立っていた。

「あの、僕……」

「大丈夫」

「え?」

「大丈夫だから。拓真君と私はこの先も絶対大丈夫だから、もうそんな顔しないで」

 今の私も、拓真君と同じくらい優しい顔を自然に出せているといいな。

「僕、絶対サッカー選手になります。お兄さんのおかげで助かった命を使って」

「うん。そうして。私はもう大丈夫だから」

 少年の気持ちを許した瞬間、背後で人の動く音が聞こえた。

 ベッドの方へ顔を戻すと、彼がゆっくりと笑っていた。

 そこで私の夢は終わった。

エピローグ

 誰からの許しももらえないのはもちろんだが、許しを与える者も辛い。笑って耐えなければならないからだ。

 それを夢の中で拓真君に教えられたというのに、私はまた根に持ち始めた。だから病院には行かない。大学に行くことにしよう。そして忘れるんだ。あれは現実ではなくてただの空想だと思えるように。

「ねぇ、君。付き合っている人っているの?」

 新学年がスタートして最初のゼミでのことだ。

「私としては残念だけど、フリーよ。試しに付き合ってみる?」

 拓真君との約束が届かない愛の場所まで、私は行くんだ。