僕と真司はまず受付で自習室の席を取ってもらった。僕はその際、彼女がいるかどうかチラッと座席表の中から捜したが、まだいないようだ。
残念さを感じながらも、この後の英語の単語・熟語テストに備えようと自習室で勉強を始めた。途中、残念さが自然消滅したが、すぐに期待に胸が躍った。彼女が自習室に入ってきて僕の前の席に座ったからだ。
周りに空席はいくらでもある。僕と真司は自習室の一番奥の後ろに座っていたのだから。真司が一番後ろで、その前が僕。そしてさらにその前が彼女。
何かの偶然だろうか、それとも……。
「おい、拓真」と、真司が僕の背中をシャーペンの頭で突きながら小声で話しかけてきた。少し外に出ようという合図をする。
僕は頷いて答え、真司の後を追った。
「千石清美。何であんなところに? 俺達以外に自習室にいるの、たったの二人じゃねぇか」
「それは僕が知りたいよ」
真司は顎に手をやる。そしてこう言った。
「次の英単語テストのとき、わざと時間ぎりぎりに教室に入って、千石の隣に座るっての、どうだ?」
「僕らが座る前に誰かに取られたらどうするのさ?」
「俺が何とかするよ。任せとけ」
単語・熟語テストの時間になった。真司は誰よりも早く教室に入り、一番後ろの壁側の席を取る。そしてだんだんと他の予備校生も教室に入っていく。だがそこに清美の姿は見られなかった。
開始五分前になって真司からメールが来た。
『俺の隣の席、二つ取っておいた』
たぶん荷物を置いて占領したのだろう。普段の真司を思い出すと、その行為は真司らしくなかったが、友情のためだろうなんて馬鹿なことを考え、そして教室に入って真司の隣に座った。
「大丈夫かよ?」
周りに清美の姿は確認できない。
「俺には何の責任もない。あとは運しだいだって」
解答用紙が配られる。と、同時に教室のドアが慌ただしく開く。
「すみません! 遅れてしまいました!」
千石清美だった。
清美は講師に睨まれながら慌てて俺の隣の席に座った。他にも開いている席はチラホラとあるのに。わざわざ教室の一番後ろの壁側に座ったのだ。
そして清美は、俺が机に出している予備校のカードをジッと見つめ始めた。
ドキドキした。名前、チェックされてるだろうな。どういう想いでチェックされてるか、僕には二つの想像しかできなかった。
まず、期待しているチェック。
二つ目は嫌悪の想いによるチェック。
どっちだろう。
テストが終了し、他の予備校生達は解放感という新鮮な空気を味会う中で、僕はテストとは別の緊張を感じている。
ペン入れを学生鞄に詰め込んで教室を出ようとした瞬間「三原、拓真君」と、聞き慣れていないシルクを思わせるような声が背後からした。
千石清美だった。
「いつも私と同じくらい、最後まで自習室に残って勉強してるよね?」
「え? あ、ああ、うん。僕、今までの成績悪かったからさ。必死なんだ」
不意を突かれたような感じでしどろもどろになってしまった。
「ねぇ、この後は自習室?」
「うん。さっそく今日のテストの自己採点や間違えたところをおさえておきたいから」
清美の口と身体から甘い香りが漂う。思考回路がどこかへ飛んでいきそうだった。
「私もテストの復習をしようかな」
こんな近くで彼女と話しをしているこの状況に、僕はドキドキした。
甘い香りと、少し幼げな雰囲気が残っている凛とした顔と姿勢。そして豊な胸。改めて美しいと思った。
「あのさ、図書館で一緒に勉強しない? お互いに教え合いながら」
「え? 自習室は?」と言ってから、しまったと後悔した。
「自習室は私語も会話も禁止でしょ」
「ああ、そうだね。じゃあ図書館に行こうか」
僕は真司に図書館で清美と勉強することになったことを、嬉しさを交えて報告した。
「気負い過ぎて変なことするなよ」
「僕はそこまでガっついてねぇよ!」
というような具合に。