「バス、あと何分だ?」

昔からの付き合いの悪友〝真司(しんじ)〟が、二本のコーヒーを持ってバス停に来た。

あたりはうす暗くなっていて、田舎町に続くこんなバス停の利用者は、もう僕と真司の二人だけだった。

僕は真司が投げてよこしたコーヒーをキャッチし「約十分くらいだな」と答えた。

「そうか。最後の部活、どうだった?」

「三年生対一・二年連合軍の試合、すげぇ楽しかった。

 真司の方はどうなんだ? 後輩の女子からラブレター、どうせまた貰ったんだろ? 小学校のときも、中学んときも、いつもそうだよな。羨ましいぜ」

 僕は軽く仏頂面を意図的に出して缶コーヒーに口をつけた。缶コーヒー特有の香りと冷たさが喉を通って気持ち良かったが、舌に残る微かな味だけは、不快だった。缶特有の鉄っぽさが嫌だ。

「羨ましがるようなことか? けっこう、大変だぜ。断るたびに相手は泣くんだもんな」

「お前の悩みは贅沢なんだよ!」

 本当に羨ましい奴だ。しかもその幸福を享受しないとは、なんてバチあたりな。

「そうは言うけどさ。告白を断るのってしんどいんだよ。あぁあ、誰も傷つかない人づき合いってないのかな」

 そんなものあるわけない。人は生きていく上で必ず誰かと付き合い、そして傷つけ合う。

「たまに思うんだけど、真司ってもしかして同性愛に興味あるのか?」

 僕がそう訊くと真司は口の中に含んでいたコーヒーが喉につっかえたのか、ゴホゴホと咳をした。落ち着こうと自分の胸を力強く叩く。

「……そんなわけないだろ」

 眼鏡の奥の瞳は非難の色を持っていた。

「だいたい羨ましいって、お前にだっていろいろいるだろ」

「僕?」

「ああ。お前、まさか気付いてないのか? 隠れファン、結構多いぜ」

 そんな話は初耳だ。

「先週末、朝の日直でたまたま女子と一緒になったんだ。名前は忘れたけど」

 真司は成績良いくせして人の名前を覚えるのが苦手な奴だった。

「その子が訊いてきたんだよ。『三原(みばら)君はどういう子がタイプなの……飯嶋君、知ってる?ってお前、俺より残酷だからな」

 何だよ、それ。サイアクじゃん。

「隠れファンがいるって、どうして教えてくれなかったんだよ」

「気付いてやってるかと思ってたんだ」と言いながら真司は、時刻表のそばにあるゴミ箱にコーヒーの空き缶を投げ捨てた。

「っていうか、俺が悪いのか?」

「どうせ僕は鈍いよ」と吐き捨てながら空き缶をゴミ箱へ放る。

「下手くそ」

 ゴミ箱に入り損ねた空き缶を拾いながら言う真司の言葉には、僕の恋愛ごとに対しても言っているような気がした。

「けどさ、もしかして鈍いんじゃなくて、誰かを見過ぎて周りが見えてないとか」

「何の話だよ」

 真司はいわくありげな笑みを浮かべて「好きな奴がいるのに、『今日』は別の奴を見てただろ?」と訊いてきた。

「……()()さん、今ごろどうしてるかな?」

「俺が知るかよ」

 真司の言いたいことは分かる。昔の幼馴染みの幻想を追いかけながらも、仲の良いクラスメートの女子がいるくせして、僕達と同じ予備校に通っている女子にも興味を持つとはどこまで宙ぶらりんなんだ、ということである。

上村(かみむら)をあまり悲しませるなよな。好きなんだろ?」

「それはお互い様だ」

 小学生の頃と、大学受験と高校卒業を身近に感じるようになった今とでは、目指しているものも憧れているものも違う。

 あの頃僕と真司は、少し年の離れた〝篠田(しのだ)()()〟という幼馴染みに憧れを持っていた。彼女は僕達より二つ年上だった。

 出会ってから一年後、優衣さんは親の都合で引っ越すことになった。場所は、怖くて訊いていない。ただ、優衣さんがいなくなるという、どうしようもない現実に身を裂かれまいと必死になって目をそむけることしかできなかったのだ。

 優衣さんと同じ中学に進みたかったのに。彼女への憧れも目標も、全てが壊れてしまったのだ。

 それからの真司は忘れようと必死になって高校受験の勉強を始めた。かなり早いスタートダッシュだった。その一方で俺はなぁなぁに生きていた。

 もちろんサッカーはやめなかったが――それが原因で優衣さんを忘れることができなくなってしまったというのもあるが――あまり良い成績は出せていなかった。勉強も中の下くらいで、今思えばよく真司と同じ高校に受かったものだと、我ながら呆れてしまう。

 そして高校生活が始まってひと月したころに、クラスメートの上村紫園が僕と真司のあいだに入ってきた。

「ねぇ、二人とも。趣味嗜好や部活が違うのにいつも一緒だね」

 余計なお世話だぜ、と、思った。

「もしかして同じ中学出身?」

 クラス担任は「自己紹介は、まず各班でやれ」と言って、新クラスで始めに行う全クラスメートへの自己紹介というものをしなかった。

 僕と真司は好か不幸か別々の班になったため、お互いが友達作りの磁石となり、真司と同じ班の紫園が割って入ってきたのだ。

「ああ、そうだよ。拓真は一般、俺は推薦入学」と、真司は何気に自慢する。

 真司は病弱だが運動能力はそこそこ高く、成績も優秀。だが僕は、サッカーが得意なだけで勉強は嫌いだ。

 父さんや母さん。そして優衣さんは「やればできるのに……もったいない」とよく言っていたものだ。

 でも嫌いなものは嫌いなので、俺の中学での成績は不評だった。

「上村もたぶん、お前のこと好きだと思うぜ。だっていうのに、お前、今日予備校で例の生徒を目で追ってただろ?」

 千石清美のことだ。

「しかたないだろ。可愛くて綺麗なんだから」

 それに胸の膨らみも良かった。

「可愛くて綺麗だったら誰でもいいのかよ。宙ぶらりんもほどほどにしておけよ」

 真司がそう言うのと同時に、今日最後のバスが来た。

「千石って、やっぱり彼氏とかいるのかな?」

「だから、俺が知るかよ。学校違うんだぜ」

 それもそうだ。けれど僕は、清美の情報が少しでも欲しいため、彼女と同じ時間まで自習室で講義の予習と復習をしたり、帰りがけにわざと彼女のそばを通って追い越したりなど、子供っぽいアピールを始めたのだ。

 今日だって自習室の座席を選ぶとき、座席表に挿入されている千石のカードを確認して、ちょっと迷う仕草を装いながら受付の人に彼女の真後ろの席を取ってもらった。

「お前、もはやストーカーだからな」