助けた亀に連れられて…~浦嶋建太の旅ノート~

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ブルドッキングヘッドロックの劇団員です。サッカーと映画と本が好き。

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ショックを受けている。



オードリー若林さんのエッセイ第3弾『ナナメの夕暮れ』を読んだ感想だ。



初めての感覚。

本を読んでこんな気持ちになったことはない。

深夜に読み終えて、しばらく寝つけなかった。



第1弾の『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を読んだときの興奮とは明らかに違う。



あのときは、嬉しくて興奮していた。

今回は、ショックを受けている。






僕は3年ほど前、『社会人大学〜』を読んでから若林さんにどハマりした。



かなり似たようなことを考えて生きてるな、と若林さんに強く共感し、そして憧れた。

(その時のことはこちらの記事に書いてある→『オードリー若林さんのこと』



その後、若林さんから学ぼうと勝手に「師匠」と呼ぶようになった。



若林さんのテレビやラジオでの発言をノートにメモして、『若林さん語録』なんてものを作ったりしていた。



それを引っさげて中京テレビの『オードリーさん、ぜひ会って欲しい人がいるんです!』に出演して、憧れの若林さんと話すこともできた。



これからもどんどん若林さんから学んで近づけるようになろう、なんて思っていた。




でも、




もうやめた。





『ナナメの夕暮れ』を読んで気持ちが変わった。





似たようなことを考えて生きてるなんてとんでもない!全然違った!



いや、考えてることが違ったというか、考えてる量がもう全然違った!



僕も自分のことを考えすぎるタイプだと思ってたけど、若林さんの考えすぎるは度が違った!

僕も自分のことを自意識過剰だと思ってたけど、若林さんの自意識過剰は度が違った!



僕なんかもう全然考えてない!

僕なんかもう全然自意識不足だ!



「この人には勝てない」と思った!



こんなことを言うと失礼かもしれないけど、これまで若林さんは手の届かない絶対的なカリスマではないと思ってた。

近づけると思ってた。



でも『ナナメの夕暮れ』を読んで、この人はカリスマだと思った。

あまりにも遠い、と思った。



リスペクトを込めて「師匠」と(勝手に)呼んでいたけど、もうやめた。



自称「弟子」はもうやめた。



本当の弟子でもないのに軽々しく「師匠」なんて呼べない。






冒頭で、「ショックを受けている」と書いたが、これはもちろんいい意味だ。



僕は、自分を予想不能な場所に連れてってくれる人が大好きだ。



『人見知り学部〜』を読んだときのように嬉しい気持ちにさせてくれるはずだという予想を大きく裏切られた。



ショックを受け、そして最高だなと思った。



若林さんにとっての岡本太郎が、僕にとっては若林さんなのだ。



きっとこれからも若林さんの影響は受けまくるだろう。



でも、若林さんに近づこうとするのはもうやめた。

僕は僕で自分を探す。



Twitterのプロフィール欄に書いていた「オードリー若林さんを師匠だと思っている」という一文も書き換えた。



自称「弟子」はやめ、これからは若林さんの「ファン」になる。





あ、もちろん春日さんも大好きだ。

オードリーが大好きだ。



二人の漫才が観たいし、二人のくだらない話が聴きたい。



さて、今日は土曜日だ。本を片手にラジオ終わりのニッポン放送で出待ちして、「サインしてください」と言おうかな。