こんばんは!
akoです。

一人ひとりの魅力を引き出し、
自分らしく輝くお手伝いができるイメージコンサルタントを目指し絶賛修行中です。




昨日、友人と話していてふと思ったことを。

ファッションは、自己表現。


ファッションを仕事にしているとか、特別おしゃれな方とかはもちろんですが、普通の会社員とか主婦の方とか学生さんとかもそうだなーという話。


どんな服を着るのか、
どんな靴を履くのか、
どんなアクセサリーを身に付けるのか。

毎朝何気なく選んでいるようでいて、
そうして作り上げられたファッションが、
自分を表す。
人からの見え方にも、自分自信の心に対しても。

毎日毎日その積み重ねで自分ができていく。

だから、ファッションは自分だよね、と。




なぜそんなことを思ったかというと、
発端はネイルの色の話でした。


以前のブログでもふれましたが、
ネイルもファッションの一部。
なので、どんな色を、柄を選ぶかはファッションなんですよね。



私には塗りたい色があります。
グレージュもそうだし、綺麗なターコイズだって、ラベンダーだって、時には真紅のネイルにだってしたい。

でも、ほとんどの会社勤めの社会人がそうであるように(もちろんITとかアパレル関係とか、自由なところもありますけどね)仕事上許される色の範囲、というやつがあるわけです。


それは、誰かに注意されるから、ということでもなく(社則で決まっている企業もあるでしょうが)

周りの目を気にして、
あるいは、自分の社会的な立ち位置を慮って、

人目につかないベージュやピンクを選んでるわけです。自分で。


なので、平日の会社勤めのためには
無難なネイルを塗り、

長期休みの時には、自分の好きなカラーに塗り替えるわけです。
(すぐ変えたいし、塗ること自体好きなので、セルフ派です)



…いや、社会人なんだから当たり前でしょ?という心の声も聞こえてきますが、

何に違和感を感じるって、
これ、
ネイルの色のことだけじゃないと思ったからです。

服しかり、靴しかり。

社会的立場を踏まえて、人の反応を気にして、
自分の好きな物、自分らしい物とは異なる物を身に付ける。

それは、そのままずばり、
生き方にもつながってるんじゃないかと。




これ、歴史を振り返ってみてもそうですね。

時代が変われば服装が変わる。それはそのまま人々の意識が変わった瞬間だったりする。

明治維新だってそう、ココシャネルが女性をコルセットから解放したのもそう。

思春期の少年がまず、画一的な制服を着崩すところから反抗を始めるのだってそう。「この支配からの卒業」ってやつ。




好きな格好をしたい、好きなヘアスタイルをしたい、好きなメイクをしたい、という欲求、

それは、他人や社会といった自分以外の軸に従うのではなく、

自分の生き方をしたい、という欲求。



好きな格好で日々生きていきたい!
何かに制限された服でいたくない!


そんな気持ちを感じているとしたら、

それは自分の生き方を変えたい、
ということなのかもしれません。

うん、そんな気がしてきた。自分にも。笑






ひとり言におつきあいいただき、ありがとうございました!
ステキな週末をお過ごしください♡

顔タイプ診断®︎アドバイザー
メイクアップアドバイザー
ako