現在過去未来 あの人に逢ったなら
私はいつまでも待ってると 誰か伝えて♫
まるで喜劇じゃないの ひとりでいい気になって
さめかけたあの人に 意地をはってたなんて
ひとつ曲り角 ひとつまちがえて
迷い道くねくね
そう、いつだって人生、迷い道くねくねです。僕ら迷える子羊は。
1977年の渡辺真知子さんの楽曲、ああ昭和ですねー。
このときから、くねくねと40年以上の月日が経っていますね。茫洋とします。
でも時間ってなんでしょう?確かに私たちの人生はそれぞれの時とともに進んでいます。
コチコチと秒針は容赦なく時を打ちます。
そして、生まれたら死ぬ、多分これは真理です。私たちは時とともに刻々と死に近づきます。
ここではテーマはアンチエイジング、美容の魔術がテーマですから、次のような読者の声が聞こえてきます。
いやーね。そんなことどうでもいいから、お肌の曲がり角、ほうれい線の深さ、シミ、そばかす。なんとかしてよ。(でもちょっとお待ちくださいね。だんだんその話に行く予定です。)
そう人生の「時間」経過は容赦なく、貴方を老いの呪いにかけるようです。
はい、ではそもそも「時間」ってなんなんでしょうか? そして「人生」って。
でもですよ、(ちょっと話題が更にそれるかもしれませんが、)昔僕はよく「死」について考えました。老いて死ぬのは怖いかな、怖いなー。でも、生まれる前は僕はどこにいたのだろう?死んだ後はどこにいくのだろう、僕らは? そのとき、老いて死ぬのは怖いけれど、赤ちゃん以前の生まれる前の世界は怖くはないなー。と。
ずっと考えていましたが、いつしか、どちらも「死後の世界」「生前の世界」実はここには時間も、空間も、おそらく魂のようなものも、全部ごちゃごちゃに折りたたまれて在る。のではないかと思うようになりました。
<参考文献>天外先生の「あの世」の科学、むっちゃ面白いですよ。宇宙の仕組みが書かれています。かなり影響を受けました。
ここからまた仮説です。
時間は「無い」と考えてみてください。時間はたまたま私たちが生まれて占有している「空間」=3次元の世界を私たちの「魂」が認識できるように、順番にドラマのように見せてくれている仕掛けにすぎないと。そんな風な感覚。
「生前」の時間も空間も魂もなーんもかもごちゃごちゃに折りたたまれた世界、から貴方の現前たる「人生」において与えられた「時間」は人生ドラマを順番に見せてくれている仕掛けにすぎない、と。「死後」はまた時間も空間も魂もなーんもかもごちゃごちゃに折りたたまれた世界、へいくのだから、その間に僕たちは楽しく「人生時間」をどうやりくりするかだけじゃないかと。
「時間」は「人生」の進行の仕掛けに過ぎない。
ここで、重要なことを述べます。
その時間は、過去から現在、未来へ進んでいるでしょうか?
あるいは逆に未来から現在、過去へ私たちを迎え入れるように進んでいるでしょうか?
私たちは冷めかけたあの人に意地をはる必要はありません。
覚えておくことはひとつです。
私たちは、
くねくねの曲がり角さえ間違えなければいいのです。何の?
「時間」のです。
続きは次回に書きたいと思います。