【古いアルバムの四国犬】
~ 四国犬の礎~
◆◇◆ 幡多系の名犬 ゴマ号 ◆◇◆
昭和8年7月生 日保中型124号
岡崎眞積氏所有
第6回本部展 文部大臣賞
第2回関西展 大阪府知事賞
第1回高知支部展 優秀
幡多系代表犬「ゴマ号」について、日本犬保存会初期の先生方に伺ったエピソードや残っている記録や記述をお伝えします。
■ どのような犬だったか
私はゴマ号を実際には見ておりませんので、記録と先生方の談話となります。
この犬は高知県幡多郡橋上村の久保川氏の家に生まれたとのことです。武山正則氏が発見し、岡崎眞積氏が買い受けています。父犬不詳、母犬の名のみ、「マス」と伝わっています。(ちなみに昭和9年10月生という記録もある)
古城先生によると、体高は51センチ。実際はもう少し小さかったようにも聞きますが、目の前にすると、ずっと大きく感じたそうです。重厚感があり堂々とした風貌は写真からも見て取れます。
また、古城先生はこの犬についての記録として、昭和12年に本部展で高知県初の文部大臣賞を獲得すると、一躍、高知県日本犬愛好家のアイドルとなったこと、そして、先生方が働きかけて制定された、高知県天然記念物土佐日本犬の第一号となったことを書き残されています。
さて、私は、この犬で特筆すべきは、毛色ではないかと思っております。
記録にあるように、赤胡麻ではありますが、後に幡多系の特徴と言われる「緋赤」(熟した柿のような赤色)だったそうです。これについては、松本克郎先生に伺ったときに、先生から
「君が知る犬の中では、宇和島陸奥号の毛色に大変良く似ている。」
と教えていただきました。
宇和島陸奥号は、緋赤の毛色が大変鮮やかで濃く、そのうえ裏毛の白がはっきりしていて、なんとも派手な毛色でした。松本克郎先生は、昭和24年11月に今治で開催された、第3回愛媛支部展の個評において、宇和島陸奥号を「緋縅の鎧をつけた勝頼のごとし」と例えられました。私もこの展覧会は見学しておりましたので、宇和島陸奥号のことはよく覚えています。すばらしくきれいな緋赤でした。ゴマ号も宇和島陸奥号もモノクロ写真しかありませんが、赤胡麻と知らなければ、濃い黒胡麻かと思うような強いコントラストで写っています。当時、モノクロ写真しか残せなかったのは、本当に残念というほかはありません。
■ ゴマ号と松風号の関係
ゴマ号は幡多系の祖と言われており、大変な名犬でありました。
幡多系といえば、もう1頭、松風号が思い浮かぶのではないかと思いますが、松風号の血統書を見ると、母方の祖父がゴマ号となっています。父方の祖父は本川系の菊二郎号です。
ややこしいですが、菊二郎号と長美津女号の子のくま号と、ゴマ号と長美津女号の子の梅号の子が松風号というわけです。
ゴマ号、前からのショット。マズルやマスクが良くわかる1枚。
ただし、昭和24年10月の第12回高知支部展の松風号の個評で、中城龍雄先生は松風号を「菊二郎号の子」と明記しており、日本犬愛好家の綾田清次郎氏も菊二郎号を「松風号の父」と記録しています。当時、この界隈では、松風号は父菊二郎号、母長美津女号と認識されていたのです。
私も松風号のアルバムを作成したときには、くま号と梅号の子と聞いておりましたが、後に上記のような説があることを知りました。
もし、松風号が「父菊二郎号、母長美津女号」ということであれば、血統書のくま号の位置に松風号が入ることになり、血統上ゴマ号と松風号は無関係ということになります。
話が少し脱線しましたが、ゴマ号の子孫についてはあまり記録がありません。私もコマ号くらいしか存じません。梅号についてご存知の方がいらっしゃいましたらお知らせ頂けると幸いです。
■ 岡崎氏とゴマ号
この犬は岡崎眞積氏の大変なお気に入りでした。
医師であった岡崎氏はゴマ号と長春号を同時に所有していましたが、ゴマ号の方を大事にしたために、長春号が神経質になってしまい、結局、古城先生に長春号を譲られたそうです。
古城先生の記録によると、ゴマ号は昭和17年頃死亡したとあります。岡崎氏はこの犬の最期を看取り、犬舎の敷地に墓を建てて、手厚く葬ったそうです。
幡多の山出しの名犬。カレンダーをじっくり見直したいですね。
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