トラちゃんのご主人、猟犬を語る。 | 未整理箱。古い四国犬の話でも入れておこうか

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主なテーマは以下です。
■二代目の箱「長春系四国犬の回顧録」
■三代目の箱「気が付けば犬がいた件」
■「遺伝子のつづら」(毛色で悩んでみる)
■「表現のつづら」(たぶん雑談)

今日はワタス、お休みなのです(´ω`)ゞテヘw

資料をゴソゴソしていたら、本川での猟や本川犬についての紹介文が出てきました。

ルーツ展によせて
「私と猟と本川犬」がそれです。

この文はトラちゃんちのご主人(旧本川村裏越門地区のベテラン猟師なのです)の談話がもとになっています。
二年くらい前に、地域ボランティアが計画したイベントのためにつくられた小冊子に掲載されたものですが、そのイベント、開催の見込みが立たないまま“うやむにゃむにゃw”状態だと思います。
実は二代目もこの冊子に寄稿したのですが、見本誌をいただいてから後は特に報告もなく…冊子も配布されてないんじゃないでしょうか。

学術的にも面白い論文の抜粋などが幾つか載っていたのになぁ。内容のわりにもったいない末路を辿ったものとオモワレます。

資料館

本当はご主人の話全文をご紹介したいところなんですが、文責なんぞが付いていてややこしそうなので(-_-;A
興味深かったところをかいつまんでご紹介しまっしゅ。


■長春は1歳くらいまで裏越門にいて「山中よりたね」という方に飼われていた。その後経緯はわからないが“山出し”で岡崎氏の手に渡り、リヤカーを引く仕事をしていたらしい。
■本川の犬も何年かに一度くらい紀州犬に似た白毛が出る。白毛はよく猟をする犬だが迷信のような言い伝えがあるので本川あたりの猟師はあまり猟に使わない。
■本川一帯で猟をしているのは現在15名くらいで裏越門寺川地区では8人ほどである。

■本川では現在、地犬(本川系)と紀州犬をかけたような犬をよく使っている。本川の山は険しすぎて洋犬は使えない。

探索中
※参考画像(当犬舎作出の実猟犬1980年頃。岡山での猪猟風景)


■猟師はもっと良い猟をしたいと常に思っているので広告などを見て良さそうだと思ったら、犬屋から買ってくることもある。

■犬屋は特殊な交雑をしている。買ってきた犬自体は猟能がよくてもその次の代はヘンな犬も出てくる。
■自分の所では自家繁殖しているが何代も続けて近親交配をすると犬が「細く」なったりしてよくないので10~15年に一回くらい他所の犬を交配する。
■他所の犬を入れたら次に「かけ戻し」といって今までいた犬をかけあわせると犬が元に戻る。

探索中02
※参考画像(同上)

■猟師として、犬が完成した時の喜びは夜も寝られないほど、誰にも分からないくらい嬉しい。自分の犬が怪我をしてはらわたが出たり足が折れたりしたら自分が泣きたくなる。みんな冬でも自分の服を脱いで包み、抱いて戻ってくる。

■日本犬の系統は主人に良く尽くす。本川の犬ももちろんで、夕方猟がすんで、山から綱を解いてやると先に家の前で主人が戻ってくるのを待つ。腹が減っていても主人が帰らないと家には入らない。


…とまぁ、こんな感じです。

本川犬

よく読んでみるとめちゃくちゃ興味深い事がもっと書いてあるんですが…猟や犬にあまり興味のない方が書いたのか聞き取りが不十分なために意味が解からない部分も多いです(@_@;)

でも、今度トラちゃんちにお邪魔した時に色々うかがってみたいと思うことが沢山出来ました。

今からちょっとワクワクしますwww


(7/19 コメントのまとめを追記しました)

■本川の猟師の話では8ヶ月くらいから親と猟に連れて行き2~3年で素質のある犬は伸び始め完成までにはそれからまだ数年かかるようです。特に本川系の犬は「遅あがり」と言われ、他の日本犬より体躯なども出来上がるのが遅く、猟犬としての仕上がりも遅い傾向にあるようです。また、系統の特徴としては回収と探索それと持久力に関しては突出しているようです。
■長春はこのご主人の遠縁のご先祖にあたる方の家で実猟犬の子として生まれたそうですが、長春も楠も早く山から出すぎていますので実際に獲物を追うところまでは訓練できていなかったと思われます。当時の犬ブローカーはやはり姿のいい犬を出して来ていたといいます。しかし、他のブローカーに知られないように犬の素性を秘密にする事が多かったために山出し犬の出身地や元の飼い主などの情報は殆ど不明となっています。
■ご主人の話だと今回の談話の中ではよい猟犬は寺川に多く居たとのことです。
■現在は幡多系と言える系統が残っていませんが、山出しの時代の犬は幡多系も猟犬が多かったようです。

     トラちゃんマッテテネ~(´ω`)ゞ

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