今回の記事では二代目が実際に犬を見てまわった経験と四国犬の変遷から肌で感じていたことが、学術的に調査された内容で裏打ちされたということをお話しました。
…が。
二代目の調査の歴史。それは私達家族がこの奇特な趣味のためにけっこう振り回されてきた歴史でもありますwww
■よく覚えてますよ…
二代目>「今年の夏は山あいの民宿で避暑じゃ。」
家族一同>「ヤタタタターヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノー♪」
…そして宣言通り、夏休みは一の谷やかた に宿泊。
平家の隠れ里らしいネーミングゥ~wです。ほんとに素敵なところですよ~。グー!ググーグー♪
でもね、チェックインしたとたん、二代目は丸二日間家族を残して消えますた!
なんとその足で、ヤツは如月荘さんたちと本川の猟師に会いに行ってしまったんです。
家族サービスを兼ねて趣味の山入りを遂行する効率のよさといったら(-_\)(/_-)ヤラレター。
■また、ある時は
二代目>「なんか凄い遺跡が見つかったそうじゃ。見に行くか?」
ワタス>「ほんと!?とさん。それは宿題のジユウケンキューに…なりそう?」
二代目>「おう。なるなる。女神像っていう腰ミノを着けた女性の姿を縄文人が刻んだ河原の石みたいなのがあるんじゃと。」
ワタス>「ヤタタタターヽ(゚∀゚)ノー!」
この“石のキズ”をよくぞ見つけた!
(コレを見つけてくれなきゃ縄文犬の骨も見つからなかったからw)
…って。ホントは縄文犬の骨が見たかった二代目。子供のジユウケンキューにかこつけてるしw
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■編集後の雑感
今回の考察の内容については以前からよく聞かされていたことです。
私としても「親父はいったい何を保存しちょるのか?」と考えだしてから本川系と幡多系の違いが解るにつれて
「本川は氷室があるくらい冬は寒くトンネルも閉鎖される程の土地なのに、本川系は短毛でカタく、暑い地域の表現に近いとはこれいかに?」
と思っていたのです。
今回『本川村史』で越裏門地区で発見された「鷹ノ巣山遺跡」のくだりを読んで
「狩猟の民だった縄文人が獲物を求めて徐々に山に分け入り、猟の野営地を設け、さらに長い時間をかけて定住に至った」
その経緯がリアルな感覚を伴ってイメージできたことが私にとっては大きな収穫となりました。
この資料はトラちゃんがお世話になっている猟師さんが二代目にくださったものだそうです。
感謝感謝www
■田名部先生の研究内容 日本計量新報社さんのHPのアーカイブで「02学会発表講演2 日本犬のルーツ 」というページがありました。ここ、田名部先生が日本犬について調査し、発表された内容(NHKの番組はその調査を取材したものだった)がよくまとまっています。 ※勝手にリンクしちゃったけどだいじょぶかな?日本計量新報社さん。まずいようでしたらはずしますんで御一報くださいませm(__)m |
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今回長いな…中のひとガンバレw
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