これまで二代目の箱では本川系(長春系)を中心に取り上げてきましたが
今回、宇和島陸奥号をご紹介してみて思うのは
「やっぱり本川系と幡多系って別犬種じゃないの?」
ということ。
―――――ここからは三代目の独り言です。面倒臭い方は読み飛ばしてください\( ̄ー ̄;)
私こと三代目は高校を卒業してから十数年間というもの、東京に居たので盆暮れに帰省して見る自分ちの犬しか知りませんでした。今思えば、私の脳ミソの中そのものがガラパゴス島状態だったんですねw
そうこうしている間に純血の長春系は血統が詰まってしまい、とうとう数年前に純血同士の交配ができなくなりました。
そして、他系統との交配で初めてできた子犬を見たときはショックでした。
可愛いことには違いがないのですが…もの凄い違和感だったんです。
それからです。「親父はいったい何を保存しちょるのか?」
という疑問を抱いて犬を見るようになったのは。
それまでゴマ号や松風号の写真も見たこと無かった私には幡多系と本川系は違う犬種に見えるのです。
そうやって日本犬保存会の歴史を見直してみると、定太号以降に幡多系との交雑が進んで表現が固定化し、現在の四国犬が犬種として固定したように思います。
現在の四国犬。
この犬達を否定するつもりは全くありません。みんなどこかに陸奥や松風など古い四国犬の面影をもった愛すべき姿をしています。また、日本犬保存会の創成期の犬達は固定化されておらず“犬種”という視点からはまだまだ不安定な表現だったとも思います。
『BRUTUS』の四国犬写真のキャプションを見て驚きました。四国犬の登録頭数って、たったの600頭なんですね。
世界的に見れば、すでに“超レアドッグ”ですよ!
(もうねぇ、米国レアドッグ協会に申請したいくらいですよ。でも英語がわからーんっっっヽ(`Д´)ノ)
こりゃ長春系の保存以前に四国犬自体が「どげんかせんといかんっ!」状態じゃのう。
四国犬が好きなら四国犬そのものをよく理解して、後世に正しい情報と血統を伝えんといかんぜよ。まじめな話、間に合わんぜよ。(あらら、なにがなに弁だかめちゃくちゃだwww)
―――――ここまでが独り言です。失礼しますた。
…なんか、そんな気分なので (←気分でかよwww)
四国犬の理解を深めるためにも次回の【古典鑑賞】は「四国犬の産地とルーツの違いが表現にどうかかわっているのか」について二代目に考察してもらうことにしました。
またちょっと小難しくなっちゃうかもしれませんができるだけ噛み砕いて記事にしますので
ちょいとお待ちくださいましm(__)m


