ブログネタ:体の中で一番疲れてそうなところ
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こないに黒目の面積が広いと、なんか疲れそうで嫌だw
「瞳は静かに」
Andres No Quiere Dormir la Siesta
いろんなところに書いてあるけれど、一応言っておくと、タイトルの英訳はAndres doesn't want to nap.
ん?nap はtake a napとすべきなのか?まあいいかw
1977年のアルゼンチンってのがどないなことになってたのかってのが解らないとちょっとピンと来ない部分もあるが
それでも、何か不気味な音楽が、地面の奥の方でずんずん響いてるような感じは映画から受け取る事が出来る。
一度、ウィキ辺りを読んでからトライする事をお勧めする。その方が、この時代が如何に残酷だったかが良く解る。
性格の優しいアンドレス君は、氷川きよし君にちょっと似ていると思う。
が、ラストのアンドレス君は、氷川きよし君が泣いちゃうくらい恐ろしいw
正直、後味の悪い映画だ。普通のハリウッド映画なら、この主人公の在り様を、逆回しにするに違いないと思う。
それをあえてこの不気味な終わりにするというところに意義があるのは理解できるが、後味が悪いというだけで、
そこに鮮やかさを感じなかった。映画としてちょっとそれはどうなのかなというのが、素人ながら正直な感想だ。
例えばフランス映画の「隠された記憶」は、不気味で恐ろしいのに鮮やかだった。あの映画が凄いのはそこだ。
その辺が、まあ、物足りないと言えば物足りない。
大人の都合で彼が翻弄されたというのは解る。彼にとっては写真やビー玉は、前の家=生活や母親の象徴であり
それを取り上げられるというのは確かに、何ものにも代えがたい程の衝撃であったろう。
で、確かにそれをいい子になって我慢できるような子供だったら映画にはならない訳でw、ああなるからこそ話になる。
でもさあ、それって、映画のために作られたストーリーであって、いや、全ては作り物のストーリーな訳だけど、
そういう意味ではなく、巧く言えないが、なんつーか、この映画のこの子供の在り方を描くためだけの、
歴史的背景であり父親でありおばあちゃんであり、という、いかにもな「作りもの感」が拭えなかったんだよね。
それはひとつには、あのおばあちゃんが良過ぎ=巧過ぎたから。ノルマ・アレアンドロって素晴らしい女優さんだね。
彼女が最後にあんなせいでああなるってのが、幾ら悲劇的な子供でも私には許せなかったんだよね。
そこに、作りもの感を見出してしまったというね。まあ、あくまで私は、という話なんだけど。
それでもね、この納得の行かない映画を見てこう思えばいいのではないかと最後に考えた。
アンドレス君はこうして「残酷な少年」ケヴィンになるのね
とw そう考えれば、ケヴィン君はラストに制裁を受ける訳だから、まあいいかとwww←根本的に違う
色彩の美しさには目を奪われる。特に、驚いた事に、パステルカラーの使い方が巧い。
おばあちゃんがいる父親の家のキッチンの冷たいが優しい水色に溶け込む兄弟や親子の姿が良かった。
おばあちゃんがアイロンをかけるシャツの色や、ひょろ長い兄の着ているポロシャツなども印象的。
テーマがテーマだけにどうかとは思うが、オシャレカフェで音を消して流す分には色のマッチはすると思うw
僕が変わったって?
何を言うんだ。
変わらないものなんてない癖にさ。
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