07/05/12 Books: 海と毒薬 | **コティの在庫部屋**

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同じ研究室の仲間(勝呂ってんですけど)の、余りにも感傷的になっている姿を見た時。

ヤツは俺が何度言っても解らない。甘っちょろいんですよ。あ、ここで言ってもいいすか?


あのねえ、お前だけじゃないんですけど。生体実験に関わったのは。
(戸田剛さん 20代 男性)



海と毒薬 (角川文庫)/遠藤 周作
¥380
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美容院の帰り、久し振りにタリーズで軽くランチをした後、目の前の本屋にふらっと入った。

丁度学生さんの夏休み前、という事もあり、各社古典から現代文まで様々な文庫版に力を入れていた。

数年見ないうちにラインナップも随分変わったなあと半ば浦島のような気分で眺めていたのだが、そんな中、

私のお気に入りでもある、角川文庫のシリーズが目に入った。

角川と言えば古典文学の文庫版ではかなりアウトローな部類に入るだろうがw、アウトローだけに自由というか

はたまた商売が上手いと言うかw、古い作品を、たまに驚く程斬新な表紙に変えてくる。で、今回のがこれ↓



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てぬぐいブランド「かまわぬ」とのコラボ表紙である。

まあなんと美しい。なんとオシャレ。なんと奥ゆかしい。なんと派手派手しい。色遣い・デザイン共にエスプリのかたまり。

一番気に入ったのは漱石の「こころ」だったのだが(傘の柄×濃紺が粋!)、当然持ってるしなぁーと他の本を物色。

田辺聖子(赤の柄が可愛い)も夢野久作(売り切れだった。誰だ先に買ったのは)も捨て難かったが、

厚さといい柄といい色といい、見た瞬間におお!これだ!と、手に取ったのは「海と毒薬」だった。


遠藤周作を選んだのにはもう一つ理由がある。

2年程前、スコセッシ監督が遠藤周作の「沈黙」を映画化すると言って話題となった。

現在そのプロジェクトが動いているかどうかは定かではないのだが(と海外ファンも言っている)、

当時発表になったこの映画のキャストの中に、我らがデルトロの名前があったのである。

当然海外の熱心なデルトロファンは翻訳版「Silence」を読み、原作について掲示板の中で語り合っていたのだが、

ニッポン人であるワタクシは恥ずかしながら未読で、話についていけなかった(英語力の問題もあるがw)。

そこで、まあ、「沈黙」より先に、これを読んでみようかなと。ま、愛ですわな、愛。




やたら長くもなくやたら短くもないこの小説は、だがしかし、読後にどうしようもない程の疲労感を覚える。

その疲労感とは、深く深く物事を考察する事を強いられた割には、明快な答えが得られない時に感じる、

あの手のグッタリ感と同じである。

それは決して快いものでも涙するものでもなく、ただ単に、胸の奥深いところをぐさりと抉られたような、そんな感覚だ。

確か高校の国語の教科書にも載る程の名作なのであえて粗筋は書かずに話を進めるが、この小説は、

小説というものがエンターテインメントとは明らかに一線を画していた頃の、古き良き、正統派の小説でありながら、

間違いなく、これまで私達の知るところに脈々と流れている、医療小説の元祖でもあろうかと思う。


医療小説っていうとまあ「白い巨塔」だよね。ドラマ(新旧含め)も小説も、あれは名作だと思う。

それと、医療映画で思い出深いのがね、確か小学校高学年か中学生の頃偶然テレビで見た「ヒポクラテスたち」

ああ、大学生っていうのはこんなにオトナな事をしちゃうんだなあと、冒頭を見ながらドキドキしていたw←そこかよ

古尾谷雅人、いい役者だったよね。同じ頃見た、彼と竹脇無我が共演したNHKでOAした医療ドラマ、あれも良かった。


と、ココまで書いて気になったので、そのNHKのが何てドラマか調べたらコティさんも爆裂に衝撃の事実発覚。

こちら、1983年OAの「白き抗争」というドラマだったのだけど(このタイトルに覚えがあるので間違いない)、

これ、原作が何とあの渡エロズンイチ…もとい、渡辺淳一大先生だったのよー!!!!!w

いやあ、ズンイチ先生、昔はまともな…じゃなくて、お堅い小説を書いてらしたんですねえ。御見それしました。



上に書いたドラマの中でも、教授の椅子を狙っての手術合戦みたいな構図は随分描かれて来た訳だけど

(白い巨頭なんて一番解り易い例かもね)、海と毒薬が凄いのは、それは全くエピソードのひとつに過ぎず、

メインは全く別の部分、つまり、戦時中の捕虜の生体実験という、とんでもなく禍々しい出来事にある。

のであるが、実はこれがメインでありながら、更にメインはもっと奥深くの、つまりは人間の尊厳に関わるっていうか、

まあ、要するにさ、人が人を、生死という天秤をもって量っちゃうっていうのは、それってつまり西洋風に言うと

神の領域に侵入するって事でしょ?仮に戦争という非常時=異常時でも、それが許されるのかっていうね、

そのギリギリの部分を、一切の甘さを持たずに描き切ったところに、この小説の凄さ、違うな、凄味があるんだろう。


語り手や視点がどんどん変わるのも凄いっちゃ凄い。だってそれだけ全員のエピソードがあるんだよ。

これって書く方としては、とんでもなく疲れる作業じゃないかと思う(遠藤先生だから出来たんだろうなきっと)。

しかそもれが全部1本の線に繋がってる。だから読者は吸い込まれるように病院の世界に没頭できる。


平凡な幸せ、という言葉が特に前半に出てくるのだが、何よりもそれを求めていながら決して手に入れる事の出来ぬ、

絶対に嵌らない歯車みたいな、そんな不幸を背負ってしまった主人公勝呂のインパクトもさる事ながら、

その勝呂の友人というか、決して相容れぬ仲間というか、そんな対照的な人物である戸田の存在―

戸田の、罰は怖いが罪は微塵も感じないと言い切る彼の心が、何よりも、生ぬるい現代に生きている我々を脅かす。

戸田の手記の部分がとにかく何よりも衝撃的で、しかも実にリアル。こういう人が、今もいそうで背筋が寒くなる。

が、果たしてそうか。良く考えろ。お前の中にも戸田がいないか?と、この小説は容赦なく語りかけてくる。


西洋文学かぶれ的視点から見てみると、勝呂の悩み方は実にハムレットだ。

おやじと呼ぶ橋本教授への尊敬と疑念(オヤジってあたりがもう、ハムレットだよね)、信用できぬ医局の連中、

戦局や軍隊介入など、どうにもならぬものへの怒り、治してやりたい患者への思いやりと苛立ち、

決して無くしたくない命が儚く散っていくならまだしも、その片棒を担ぐような行為への誘い、それを断れない自分。

生きるべきか死ぬべきか、ではなく、生かすべきか、それとも。

そして、ポプラの樹を切れと命じられ、いつまでも土を掘り起こしている小使の男は間違いなくハムレットの墓守だ。

言葉を交わすシーンは殆どないが、勝呂がこの男を見ているシーンは特に象徴的に思える。

(うーん、こういう比較文学ってどうしてこんなに楽しいのか。)


電車での行き帰りなども含め、2日でさくっと読めるのだが、後に残る衝撃はとても2日で癒せるもんじゃない。

それ程に、人の心にずぶずぶと入ってこられるものを書ける作家って、いやあ全く、ねえ。



激しく泣いたり悲しんだりするだけが、良心の在り方じゃない。

「神というものはあるのかなあ」

あなたの問いかけが、如月の空へと消える。


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他のバージョンはこちら↓ 英語版もあるね。


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