06/17/12 DVD: si puo fare | **コティの在庫部屋**

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好きに理由なんかない。

好きなものは好き。ただそれだけ。


そう、それだけだったから、彼には逃げ場がなかったんだね。



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「人生、ここにあり!」

Si Puo Fare


イタリア語タイトルを英訳すれば、You can do. 日本語では、やればできる、と訳していた。

邦題は難ありだがw、久々に力一杯いい映画だった。


以下はall cinema on lineからの抜粋。


「1978年、イタリアでは精神病患者を無期限に収容することを禁止する精神病院廃絶法が制定され、患者たちは入院治療ではなく地域の精神保健サービス機関で予防や治療に当たりつつ、地域社会との共存を実現していく体制へと移行された。本作は、その取り組みが行われていく中で実際に起こった出来事を実在のグループホームをモデルに映画化したヒューマン・コメディ。“やればできるさ”を合言葉に、世界で初めて精神病院を廃絶する画期的な取り組みを巡る希望と現実を温かな眼差しでユーモラスに描き出していく。」


知らなかったなあ。イッターリアのこの状況。

ちなみに映画は1983年から始まるのだけど、まだまだ制度ばかりが独り歩きして、偏見やバッシングが横行している。

そんな中、思想的にも組合員的にも熱い、というか熱過ぎる一人の男が、いわゆる左遷的な感じで回されるのが

廃止された精神病院を出た、つまり行くところがなくて追い出された患者達で構成された協同組合。

制度廃止は人道的にも大変結構だけど、じゃあその患者さん達は実際どうするの?って話なのだ。

彼らは、そのまま社会に出る事も勿論ままならないとされ、協同組合の中で匿われている格好になっている。

が、主人公の男は、持ち前の熱さから、彼らが特技を持っている事、それを生かせば普通に働ける事が解る。

なんつっても熱い組合員だからさ。で、彼は彼らのために奔走する事になる。


コメディの様相を失うことなく、だがしっかりと根を張った描き方をしているため、浮足立つことなく最後まで引っ張る。

中盤の時点で既に主人公の思惑が当たり、彼らが社会で成功する流れになってくるので、その先の展開が読めなくて

ある意味ハラハラしながら彼らを見守る事になるのだが、この後半の流れがまた素晴らしく、かつおかしい。

特にあの、男性組合員達の、行きと帰りのバスの中での表情の違いが実に良かった。

はあ、成程ねえ、男の人ってのはああいう気分になるもんなんだと、プリミティブな彼らを見て勉強になったwww


主人公の男が、熱くて真面目で一直線なもんで、たびたび恋人とも仲違いするハメになるが、

このファッションデザイナーの恋人がまたいい。盲目的に愛するのではなく、自立していて、言う事は言う。

熱いもんだから見境が余りなくw、時にtoo muchで大層困るのだが、彼女は彼には自分がいないとダメな事は解ってる。

また、途中から主人公のパートナーとなる、若い精神科医がこれまたとてもいい。

最新の治療に対し造詣があり、組合員達に対しても対等で、かつ医者として、また人間として思いやりがある。

そして何より主人公の男を良く理解している。パリでの仕事を請け負う事に対し組合員達が反対した時、

怒る主人公に対して彼は言う。「何言ってるんだ。彼らのこの反応は、君が成功したって事じゃないか」

人間としての自然な意思を彼らに持たせる事こそ最たる目標であったのだと主人公が気付かされる部分だ。

そうでなければ主人公は、彼ら全員に敬称をつけて呼んだりしなかった筈である。


何もかもハッピーエンドとは行かない辺りがまた、実話を元にしたというだけあって妙にリアルである。

特に冒頭ネタで書いた彼、年若のジージョの悲劇は胸を打つ。

彼に取って「好き」はひとつしかない。人と同じとか違うとか、そんな事はどうでもいい。だって誰に取ったって、

好きは好き、それでしかない筈だから。足元にそっと置かれたノートだけが、彼の波打つ鼓動を知っている。


時に優し過ぎ、時に激し過ぎ、

時に怒り過ぎ、時に愛し過ぎる。

何だ、同じじゃないか。


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