◇ 世界最大の金貨は = 日本では、大むかしの人は中国の銅銭を使っていたようです。7世紀に入ると、唐の開元通宝(かいげんつうほう)のほかに、日本で初めて造られたといわれる富本銭(ふほんせん)が登場しました。さらに8世紀になると、有名な和同開珎(わどうかいちん)が出現しています。
時代がずっと下がって16世紀ごろになると、各地の大名が金貨や銀貨を造り始めました。なかでも価値が高かったのは、豊臣秀吉が造った天正大判と呼ばれる金貨です。だ円形で長い方の径が約17センチ、重さは165グラム。世界でいちばん大きい金貨として有名でした。ところが2004年にオーストリア政府が31キログラムもある金貨を鋳造したために記録は破られましたが、この巨大な金貨は流通していません。ですから天正大判は、世界一の金貨だと言ってもいいでしょう。
徳川家康が造った慶長小判も有名です。江戸時代には、金貨と銀貨のほかに銭貨と呼ばれる小銭が広く流通しています。時代劇に出てくる小判は、山吹色の金貨ですね。おカネの単位は両、分、朱などでした。明治政府は1871年(明治4年)になって、おカネの単位を円、銭などに改めました。これが現在も続いているわけです。
明治時代にも金貨や銀貨、銅貨が流通していました。いまのような西洋式の印刷で造られた紙幣が発行されたのは、1872年のことです。明治政府が最初に造った紙幣は、ねずみや虫に食べられて困ったそうです。というのも、この紙幣にはこんにゃくが含まれていたためでした。
時代がずっと下がって16世紀ごろになると、各地の大名が金貨や銀貨を造り始めました。なかでも価値が高かったのは、豊臣秀吉が造った天正大判と呼ばれる金貨です。だ円形で長い方の径が約17センチ、重さは165グラム。世界でいちばん大きい金貨として有名でした。ところが2004年にオーストリア政府が31キログラムもある金貨を鋳造したために記録は破られましたが、この巨大な金貨は流通していません。ですから天正大判は、世界一の金貨だと言ってもいいでしょう。
徳川家康が造った慶長小判も有名です。江戸時代には、金貨と銀貨のほかに銭貨と呼ばれる小銭が広く流通しています。時代劇に出てくる小判は、山吹色の金貨ですね。おカネの単位は両、分、朱などでした。明治政府は1871年(明治4年)になって、おカネの単位を円、銭などに改めました。これが現在も続いているわけです。
明治時代にも金貨や銀貨、銅貨が流通していました。いまのような西洋式の印刷で造られた紙幣が発行されたのは、1872年のことです。明治政府が最初に造った紙幣は、ねずみや虫に食べられて困ったそうです。というのも、この紙幣にはこんにゃくが含まれていたためでした。