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嵐について

12/3(FRI)

明け方に季節外れの台風のような風と雨が窓ガラスを打つ音で目を覚ます。
でも、僕が家を出る頃には、雨はすっかり小康(しょうこう)状態になっていた。

出勤すると、会社の裏にあるイチョウ並木の葉が強風で飛ばされて、歩道は一面真っ黄色。
雨で濡れた落ち葉が、雲の間から一瞬射した朝の光に反射して、とてもきれいでした。
アスファルトの上だけど、鮮やかな黄色の絨毯を敷き詰めたような道を歩くと、
湿った落ち葉を踏みしめる感覚もあって、朝から何とも言えず心地よかったです。

都会でもこういう日だけは自然を感じられるというか、例えば、
嵐の後に風で葉っぱが地面に落ちていて「歩きにくい」と思って、そこで初めて、
いつも通る道に街路樹が植えられていたことに気づく、なんて人もいるのではないでしょうか。
これは極論ですが、お役所が自己の利益のために公園を破壊するような世の中ですから、
都会の中の植物って、今は結構そんな程度の存在なのではないかとも思います。

ただ今日の嵐は朝方だけで、日中は春のように暖かくて日が暮れたら冷え込んだりと、
何だか一日の中に色んな気候があって、体の調子が狂ってしまいそうですね。
季節にうまく適応していきたいなと思う今日この頃。

FOR ALL ROUTINE WORKERS
昼休みにもう一回見に行ってしまった。。

* * * * *

さて、話は変わりますが、
僕らは今日の嵐のような悪天候の日というのを一年に何度か経験します。

生きていると、自然災害と呼ばれる台風や大雪とか、実に色んな天気の日があります。
そんな「窓の外は大荒れ」なんて時に、屋根のある室内で過ごすことも多くあるわけで、
昼間仕事をしていたら帰る頃にはすっかり回復とか、夜寝ている間に治まっていたとか、
気がついたら何事もなく終わっていた、なんてことは結構あります。

そんな時に僕は、すっかり落ち着いた外の様子を見て、少しがっかりすることがあるのですが、
そういう気持ちってわかりますでしょうか?

逆に言うと、ものすごく天気が悪い時って、変なテンションが上がる気がします。
ワクワクというか、ある意味、普段と違う日常であり、違う体験ができるわけです。
そもそも土石流とか濁流を見て、目を塞ぐということはあまりなくて、どちらかというと
ジーッと見入ってしまって、見たいという気持ちの方が強く働きます。

それで、一体悪天候の何にそんなに惹かれるのかというと、そこには非日常性もあるけれど、
もっと興味をそそるのは、そこに存在する「超巨大なエネルギー」の姿だと思うんですよ。

要するに、波が高く浜に打ち砕けている光景だったり、川が増水して溢れ出すとか、
鉄砲水、雪崩(なだれ)、土砂崩れ、洪水、などなど、
そういう類いの状況に共通して現れるのは、巨大なエネルギーの衝突であって、
重力や地球の熱とか、難しい事は抜きにして、つまり局地的なビックバンの連続という風景。
生まれて、ぶつかって、消えて、また生まれる。それの繰り返し。

昔見たNHKかなんかの番組で、沖縄の人が台風について語っているのを見た事があって、
それは、台風ってのは海をきれいにしてくれるものだ、というような話だったんだけど、
停滞しているものをかき混ぜて入れ替えてくれるっていうか、嵐が海の浄化に繋がって、
生態系を生み、命を育んで豊かな海を作っているんだよ、みたいな内容で、
台風も必ずしも悪いことばかりではないらしく、なるほどなーと納得した記憶がある。

あとは天気予報の衛星写真で見る雲の渦なんて、妙にそそられる時があります。
世の中には、自然災害の写真を専門に撮る作家としてのフォトグラファーさんたちもいるけど、
自然災害はエネルギーの循環であり、風が吹くのと同様に、地球の呼吸でもあって、
その風景を美しいと思って見る。そういう気分って結構わかります。

―——で、
最後に「地球の呼吸」とか、詩情的な思索に導くかというと、話は違う方向に行って、
それがエネルギーの循環だとかもっともらしくいくら語ったとしても、
実際に台風や土石災害では、その土地に住む人に被害が出たり、
動物や植物が死んでしまうこともあるわけで、
それを美しいと思うのは、なんだかいけないことのような気もしてきます。
なぜだか知りませんが。

けれど、それは単純に好奇心で自分の心が美しいと感じるものを見たいという気持ちであって、
自分自身も含めた人間が苦しんでいる風景を楽しんでいるわけではない。

美しいとか美しくないとか、そういう価値判断の基準って人それぞれであるはずなんだけど、
人間の意識って、人間自身が勝手につくった枠組みのようなものに常にとらわれていて、
まっすぐに物を見るのって、すごく難しい。

例えば美術作品でも、何が美しくて何が価値があるというのは、それ単体ではなく、
周囲との関係性とか、結構いろんな立ち位置での総合ポイントで評価されているわけで、
単純に同じ土俵で比べるのはそもそも無理があるなと思うことも多くあります。

ホント自分の感覚が、どこまで自分自身の判断で、どこからが他からの影響によるものなのか、
ひょっとしたら自分の意志判断なんて一個もなくて、
全部借り物の外部の価値をそのままスルーしているような気さえしてくる時もある。
本当に自分が好きなのは何なのか、わからなくなる時があります。

だから今日の話のように、災害現場を美として見るのって、
人間の約束事である、人が死んだりした時にはしゃいじゃいけない、
という点を別にすれば、結構まっとうなことだと僕は思うんですよね。
変な言い方だけど、なんか今日は家を出る前に嵐が去ってしまって残念だったなと。

* * * * *

―——とまあ、そんなようなことを会社帰りの駅までの道のりで話していたのだが、
本能的に雨の日が嫌いだと感じる人も、世の中にはたくさんいらっしゃるので、
単純に、雨が好きなんて信じられない!というような反応をされることもあるのでご注意を。

*Church/The 2 Bears


http://itunes.apple.com/jp/album/church/id393567714?i=393567941

けれど、もしも今後、運良く台風が一番強い時に外を歩く、なんて時は、
社会的な約束事から一歩離れて、星空から見るような目で物を見てみると.....?


また書きます。

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