Sleeping beauty
(つづきのようなもの...)
きちんと物事をありのまま、きれいな目で見れる人がどれだけいるのでしょうか?
悲しいことに、ぼくらは同じものを見ていても、それぞれにそれを同じようには見ていないのですね。人の認識ってやつほどくだらないものはなくて、ほんっとにくだらない。
対象は変わらなくても、ぼくらの心はそれとは違う所で目の前にあるものを判断をしているらしく、その時の自分に都合の悪いことは、興味のなくなってしまった事は、ないものとして流してしまう。見て見ないふりをする。
よくそんな調子のいい光景を見ます。
そういうの全部に腹が立つ。自分にもまわりにも腹が立つ。ずる賢い、頭でっかちのおとなたち。
映画のあらすじを読んでから、映画館へ行くのと同じ。見る前からある程度の見方が決まってしまう。そしてそれに沿うように自分の中で組み替えていくだけ。
最近思うのは、こういう気持ちってもの凄く主観的なものなのだけれど、ずっと仲がいいと思っていた人たちと分かち合えないこともあるかもしれなくて、確実に10代の頃よりいろんな荷物を背負ってるぼくらは、どうしても自分の事で精一杯になっていって、他の事にとらわれる余裕がなくなっていくんだなー、って。逆に、何も背負ってなけゃ背負ってないで、今度はそれに不安でいっぱいいっぱいになっていくんだな、って。
なんかさ、
たまにふっーとチカラが抜けてものすごい脱力感を感じることがあって、空気が抜けるようにシューってしぼむというか。「落ちる」ってのとはまたちょっと違って、何をどう信じていいかわからなくなったり、夜中に朝が来るのが怖くて怖くて、何をしてもダメで、眠れなくて不安になるとか。でもそれは寝ても治らない。
じゃあ、そうゆう時は、どうするかというと、僕は、「おとなを、休む」ようにしています。明日のことを考える毎日でなかなかできないけれど、僕たちは大人になりながら途中で休むことも絶対必要で、なんでもないことにバカみたいに感動したりしていいと思う。お祈りをしたり、好きな音楽聞いて踊ったり、好きな人と口づけをかわしたりしなければ人は生きてゆけない、とぼくは思う。
そう、、ここ何ヶ月か、僕は色んな事を話していて、よく「透明な心になりたい」って言うんだけど、「透明」というのは別に無垢な子供みたいなピュアな心ってことじゃなくて、なりたいといえばなりたいけれど、、
そうじゃない。
思うのは、今自分が考えている「透明」ってのは他のどんなものよりも「色」があると思う。
うまく言えないけど、「無色の虹」っていうか、ぼくらはグラデーションのかかった、混沌とした、定まっていない混然とした存在なのに、そのごちゃ混ぜミックスを受け入れるってのは難しいから、めんどくさがりの脳ミソは、あるいは機能は、 物事それ自体をあるがままに受け入れないで、白黒つけてゆく。
そうすると楽だから。簡単になるから。
人は分けるのが好きでしょう?上と下。右と左。過去と未来。陰と陽。善と邪。表と裏。光と闇。男と女。とにかく分けたがる。
自分自身さえも分けてしまう。
やることやっているか、やっていないか。社交的か、他人嫌いか。協力的か、自分勝手か。現実主義者か理想主義者か。表現者か鑑賞者か。デザイナーかアーティストか。好き、とか、嫌い、とか。まともか、まともじゃないか。
そうやって生きていくのは、なんでもYesとNoを分けてゆく事は、片目をつぶって歩いているようなもので、ほんっとにくだらない!ただ、見える世界が次々と半分になってゆくだけなのに。
でもさぁ、
でもね、完全にどちらか一方である人なんて絶対いなくて、人間なんて所詮不安定な生き物で、本当の自分がどういう人かなんて死んでもわからないのが普通だと思う。
「普通」って実はふらふらしていることだと思う。ああ、なんてバランスの悪いこと、悪いこと。
アニメや漫画じゃあるまいし、キャラなんてないのだ、現実には。誰にだって。
ほんとうのぼくらは、人間って、そんなに完璧なものじゃない、はず!
だから、
そんなふらふら漂っているぼくらが、
何かのきっかけで自分以外のものや人と、
その心が深く強く通じ合ったりするのは、
あまりにも驚異的で、
心臓が痛いほど感動的で、
どうしようもない奇跡で、
どんなものよりも、
美しい。
そんなことを時には本当に思ったりします。
「魔法を信じ続けてるかい?」
すごいよね、見えないチカラって。
ほんとうにそう思います、僕は。
今年もたくさん奇跡が起きるといいな。
Even After All/Finley Quaye
That's the Spirit /Judee Sill
Sunbeam be me highway.
Stroaming on my sleep.
Face me towards the new day,
until breaks in me.
体も心もボロボロだけど、
最後のフジロックに行ってきます。
きちんと物事をありのまま、きれいな目で見れる人がどれだけいるのでしょうか?
悲しいことに、ぼくらは同じものを見ていても、それぞれにそれを同じようには見ていないのですね。人の認識ってやつほどくだらないものはなくて、ほんっとにくだらない。
対象は変わらなくても、ぼくらの心はそれとは違う所で目の前にあるものを判断をしているらしく、その時の自分に都合の悪いことは、興味のなくなってしまった事は、ないものとして流してしまう。見て見ないふりをする。
よくそんな調子のいい光景を見ます。
そういうの全部に腹が立つ。自分にもまわりにも腹が立つ。ずる賢い、頭でっかちのおとなたち。
映画のあらすじを読んでから、映画館へ行くのと同じ。見る前からある程度の見方が決まってしまう。そしてそれに沿うように自分の中で組み替えていくだけ。
最近思うのは、こういう気持ちってもの凄く主観的なものなのだけれど、ずっと仲がいいと思っていた人たちと分かち合えないこともあるかもしれなくて、確実に10代の頃よりいろんな荷物を背負ってるぼくらは、どうしても自分の事で精一杯になっていって、他の事にとらわれる余裕がなくなっていくんだなー、って。逆に、何も背負ってなけゃ背負ってないで、今度はそれに不安でいっぱいいっぱいになっていくんだな、って。
なんかさ、
たまにふっーとチカラが抜けてものすごい脱力感を感じることがあって、空気が抜けるようにシューってしぼむというか。「落ちる」ってのとはまたちょっと違って、何をどう信じていいかわからなくなったり、夜中に朝が来るのが怖くて怖くて、何をしてもダメで、眠れなくて不安になるとか。でもそれは寝ても治らない。
じゃあ、そうゆう時は、どうするかというと、僕は、「おとなを、休む」ようにしています。明日のことを考える毎日でなかなかできないけれど、僕たちは大人になりながら途中で休むことも絶対必要で、なんでもないことにバカみたいに感動したりしていいと思う。お祈りをしたり、好きな音楽聞いて踊ったり、好きな人と口づけをかわしたりしなければ人は生きてゆけない、とぼくは思う。
そう、、ここ何ヶ月か、僕は色んな事を話していて、よく「透明な心になりたい」って言うんだけど、「透明」というのは別に無垢な子供みたいなピュアな心ってことじゃなくて、なりたいといえばなりたいけれど、、
そうじゃない。
思うのは、今自分が考えている「透明」ってのは他のどんなものよりも「色」があると思う。
うまく言えないけど、「無色の虹」っていうか、ぼくらはグラデーションのかかった、混沌とした、定まっていない混然とした存在なのに、そのごちゃ混ぜミックスを受け入れるってのは難しいから、めんどくさがりの脳ミソは、あるいは機能は、 物事それ自体をあるがままに受け入れないで、白黒つけてゆく。
そうすると楽だから。簡単になるから。
人は分けるのが好きでしょう?上と下。右と左。過去と未来。陰と陽。善と邪。表と裏。光と闇。男と女。とにかく分けたがる。
自分自身さえも分けてしまう。
やることやっているか、やっていないか。社交的か、他人嫌いか。協力的か、自分勝手か。現実主義者か理想主義者か。表現者か鑑賞者か。デザイナーかアーティストか。好き、とか、嫌い、とか。まともか、まともじゃないか。
そうやって生きていくのは、なんでもYesとNoを分けてゆく事は、片目をつぶって歩いているようなもので、ほんっとにくだらない!ただ、見える世界が次々と半分になってゆくだけなのに。
でもさぁ、
でもね、完全にどちらか一方である人なんて絶対いなくて、人間なんて所詮不安定な生き物で、本当の自分がどういう人かなんて死んでもわからないのが普通だと思う。
「普通」って実はふらふらしていることだと思う。ああ、なんてバランスの悪いこと、悪いこと。
アニメや漫画じゃあるまいし、キャラなんてないのだ、現実には。誰にだって。
ほんとうのぼくらは、人間って、そんなに完璧なものじゃない、はず!
だから、
そんなふらふら漂っているぼくらが、
何かのきっかけで自分以外のものや人と、
その心が深く強く通じ合ったりするのは、
あまりにも驚異的で、
心臓が痛いほど感動的で、
どうしようもない奇跡で、
どんなものよりも、
美しい。
そんなことを時には本当に思ったりします。
「魔法を信じ続けてるかい?」
すごいよね、見えないチカラって。
ほんとうにそう思います、僕は。
今年もたくさん奇跡が起きるといいな。
Even After All/Finley Quaye
That's the Spirit /Judee Sill
Sunbeam be me highway.
Stroaming on my sleep.
Face me towards the new day,
until breaks in me.
体も心もボロボロだけど、
最後のフジロックに行ってきます。
