FOR ALL ROUTINE WORKERS -32ページ目

冬の終わり1 初体験の話

まるかぶりの日も終わり、暦では春が始まり、もうすぐバレンタイン。2月もあと半分ちょっとです。

立春の日くらいからでしょうか。昼間に太陽の光が差しているところでは、頬を打つ風にもほんの少し春の空気が混じってきたような印象も受けました。
と書きつつも、今朝は雪まじりの雨が降ったりと、これから2月の残りもまだまだ寒い日は続くのでしょうが、何となく少しずつ新しい季節の訪れを感じられるというのはいいものです。2~3月は三寒四温ってやつですね。ゆっくりと春を待ちたいです。冬来たりなば、春遠からじ、と昔の人は言いました。

さて、そんな風に毎年繰り返しやってくるこの時分に、暖かな春の訪れを待ち望むのは何とも素晴らしいことではありますが、かたや一方、その対極にある「初体験」というのはいくつになってもドキドキワクワクするものです。大人になって年を重ねてるからといって、何事にも動じなくなるというのは、やっぱり面白くないなとか思います。それは自分の中にある、「クールで落ち着いたカッコイイ紳士」になりたい、という願望とはまた別次元での話で。

初めて行く場所、初めて会う人、初めてすること。
過去の経験からある程度の予想はつくようになりましたが、自分の陳腐な想像力などを遥かに超えたサプライズがある方が人生は面白いし、そのドキドキとワクワクは、きっとなくしてはいけない種類の感情ではないかと思うのです。

ただ面白いのは、年を重ねてくることに「初めて」の経験が減るのは、よく考えれば当たり前で、毎日の出来事を全て初めてだとすると、それはそれでちょっと気持ち的にも疲れるだろうし、毎回毎回おっかなびっくりで行動してたら、「あんた一体今までの人生何してきたの?」って感じにもなると思う。その一方、「同じ瞬間は二度と訪れない」という思想も世の中にはあるわけで、刹那的に物事を捉え、毎瞬間を慈しみ、その「時」という存在の儚さを讃えるという生き方もあります。

これは一種のパラドックスであって、そのどちらかが良くて悪いというのではないと思うし、実際自分のことを話すと、僕は前述のどちらの考え方も持っていて、それは自分の理解の仕方や解釈の方向性によってどちらにも転ぶパターンがありえる気がします。

都合のいい言い方かもしれませんが、何事も時と場合によって変わる。
というか、そんなものどちらか一方であるはずがなくて、全てのインプットに対して、毎回画一で均一なアウトプットというのは、プログラミングされたロボットがすることで、僕ら人間がそれをしてしまったらそれはそれで気持ちが悪いんじゃないかとも思います。
(もちろんある種の趣向とか感じ方のおおよそのベクトルは人それぞれに持っているという前提で。少なくともそれが性格とか、その人らしさというものなんだと僕は思っています)

つまり何というか、ひとつの出来事を活かすも殺すも、捉え方次第であって、ただ言える事はその解釈の違いとか、自分の人生で出会う出来事に対する味わい方は、ひとつの「手段」であり、それが「目的」ではないということです。

―——と、導入が膨らんで変な方向に行きそうなので本題に戻します。

閑話休題。

なぜこんな話をしているかというと、今日はある「初体験」をしたんです。
それは実は社会人になってからずっとやってみたかったことであり、夢にまで見たというといささか大仰ですが、まあずっと大事に温めていた小さな夢がひとつ叶いました。

何をしたかというと、それは、
「仕事中に、同じ様に違う会社で働いている友人に街で会う」
ということです。

普段、公私でいえば「私」(プライベート)での交流をしていて、仕事帰りとか休日に遊んだりする友人と、「公」(つまりプライベートとは違う状態)の時に会うということ。しかもお互い仕事の合間を縫ってこっそりと会う。
なんて小さな夢なんだとガッカリされた方もいらっしゃるかもしれませんが、兎に角、そんなことをずっとしてみたくて、それが今日実現しました。

だってなんかいいじゃないですか。仕事をしている時も普段と同じ世界であるというか、それは休日や過去に過ごしてきた時間と繋がっているというか、単なる延長線上であるというか。つまり自分や世界はひとつだ!的な啓示を受けたかったというか。まあそんな感じです。

それで、今日の僕は14時過ぎから外出の用事があって、それは神保町と日本橋の2カ所の取引先に荷物を届けたり打合せだったりというものでした。

1件目の神保町での用事を済ましたらちょっと時間が空いたので(というか計算して作った)、パッと思い付いて唐突に神保町近くの淡路町という街で働いている親しい友人に電話をしてみたら、まさかの電話に出て、お得意様先回りかなんかでちょうどタイミングよく神保町を通るとの返事。しかもちょっとだけ時間もあるとのこと。それじゃあお茶でもしようと。

そんなこんなでお互い偶然重なった仕事中の空き時間に、神保町にある(好きだけどあまり行く機会のない)「さぼうる」という最高に素敵な喫茶店で、コーヒー飲んでタバコ吸ってくだらない話してお茶してました。時間にして30分もない程度で、たいした話もしてないんですけど、なかなか感慨深い初体験ができました。

実は今年に入ってから、ワタクシも若輩者ながらそれなりに色々と業務が立て込んでまして、なんか今日はもう午後は外出DAYにしちゃおうと無理矢理予定をくっつけてひとりで出掛けちゃったんですが、別に彼に会う為に出たわけでもないけど、なんか仕事よりも友人といたさぼうるの空間とアイスコーヒーが今日の午後のメインの想い出となりました。
何しろ4年越しの夢がひとつ叶ったわけですからね(笑)。

それで、喫茶店を出てお互いそれぞれの方向の電車に乗り、また平日の東京の午後の混沌の中へ消えていきました。

と、まあこれが僕の今後も続くであろう長い人生における、ひとつの初体験であり、ワクワクしたある日のある瞬間というわけです。
ちょっとだけだけど、明日からもがんばろうなんて思いました。

* * *

で、この話には続きがあって、神保町で友人と別れた後に、僕は都営の馬喰横山駅と浅草橋駅の間くらいにある取引先へ行って用事を済ませて、渋谷まで会社に戻ろうと電車に乗るため浅草橋の駅に向かって歩いていました。

実はこの取引先を訪れるのは初めてで、もちろんこの駅で降りるのは初めてで、街を歩くのも今日が初めて。この浅草橋のあたりは神田川と隅田川がぶつかる所だったりするようですが、駅に向かう途中に橋があって、街自体の雰囲気に心地良さは無ければ、神田川も水は濁ってて決してきれいなものではありませんでした。

だけど、ちょうど僕が橋を通ったころはちょうど西の方へ夕陽が沈みかけている時間で、川沿いのビルの窓ガラスや水面にオレンジ色が写り反射していて、川には何の船だかわからないけど、年月と共に劣化して何度も塗装を直したような、無機質なシアンやピンク色の船がプカプカと浮いていて。
それを見て僕は、なぜだか知らないけど、なんか美しいなと思ったんですね。

東京には美しいところなど無いような言い方を世の中の多くの人はするし、そんな僕も例外なくよくしているけれど、僕は東京の風景を時々とても美しいと感じることがあります。

オレンジやグレー、ピンクや群青のくもりぞら。
またある日は、紫色に空は染まり、朝日や夕陽の光は田舎の海や山と同じように、東京の街にもちゃんとふりそそぐ。僕はそっと見上げていました。

東京は意地っ張りで隙のない強気な街だから、誰にでも見せてくれるわけではないけれど、こういう風にふとした瞬間に見せる東京の美しいところを僕はたくさん見てきた気がします。

それが初めての街ならなおさらです。
なんだかんだずっと東京で日々を送っているけれども、もっとこの街を知りたいし、好きになりたいと思いました。

行った事のない街、まだ通った事のない道、曲がった事のない交差点、ずっと入った事のない店、渡った事のない橋、まだ降りた事のないあの駅、聴いた事のないビート、そして会ったことのない人々。


毎瞬が永遠だとか、毎瞬が奇跡だとか、
寝る前なので今日のところはそんな風に思って一日を終えたいと思います。

たかだか川に沈む夕陽を見てこんなことを考えたのも、さぼうるの初体験の影響なのかなとさえ思っています。

明日は午後からずっと会議DAYで、それが終わったら金曜土曜と唯一の2連休なのに、自分の部屋がリフォーム工事でせっかく暇なのにあんまりゆっくりできなそうで残念です。

3連休の方は、素敵な週末をお過ごしください。

今日もおつかれさまでした。
おやすみなさい。

*The Sea (I Can Hear Her Breathing) あの海 (彼女の息吹が聞こえる)/小沢健二

FOR ALL ROUTINE WORKERS