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冬の終わり2 風景の魔法

雪の朝というのは、起きてカーテンを開ける時に、その光景を見る前から不思議と窓の外では雪が降っているとわかる時があります。
何となく窓の外から空がアピールしているというか、雪の気配がガラスやカーテンを通過して伝わってくるような気もします。

雪が降れば、世界はその様相を一晩でガラっと変える。
カーテンを開ければ外は白銀の世界。これは雪に関わらずお天気を表現する言葉全般に当てはまることだけど、改めて日本語の表現の豊かさと美しさには胸を打たれます。

晴れた日にちらちらと降る雪のことを「風花」と表現したり、国語の授業ならば、初雪、大雪、粉雪、小雪などから始めて、根雪、牡丹雪、万年雪、残雪など、その文字からどんな雪を表しているのかを考えるのも面白い。擬態語では、しんしん、こんこん、ちらちら、はらはらなどで雪の降り方の微妙な違いを伝えて、銀世界や雪化粧などの雪が積もった様子を表す言葉は、その文字を見ただけでその光景が美しさを伴って目に浮かぶ。雪の日の天気予報士の言葉は、詩を詠んでいるようにも聞こえる。

兎に角、寒いのは困るけど、東京では例年ほとんど雪は積もらないので、単純にテンションが上がる人も多いのではないでしょうか。犬だって喜んで庭を駆け回ります。

それで、なぜテンションが上がるのかを考えた時、ひとつの理由としては、「普段とは違う景色」に人の心が躍るというのがあるのだと思います。

普通に考えて、自分の家の窓から見る空をひとつのフレームだとすると、時を止めて切り取ってみて、やはりそこに白くて形あるものが点、点、点...と描かれているのは、東京に住む人からするとやはり見慣れない構成要素ですよね。雨は透明で粒は見えないし、空に描かれる雪は、平面絵画でいえば普段とは違った描写方法ということになるのでしょうか。

とまあそんな風にいつもと違う風景というのは、人の心を刺激して動かしていくガソリンのようなものになり得ます。その力がどういう形で作用しアウトプットされていくのかはまた別として。

だから、どこかに出掛けたり、芝居やコンサートを鑑賞したり、新しいアートを見たりとかすることは、その意味や内容云々の前に、まずは物理的な刺激として人の視覚のドアをノックする。
身体の器官に情報が入れば、脳や心が動き出すのはごく自然な反応で、そういう意味では僕らは比較的単純にできているなあ、なんて思ったりもします。

模様替えもしかり、新しい洋服を着るのもそう。
インテリアやファッションの世界が成立し、長い間進化して成長し続けている理由は、「ずっと同じものではない」という点に、誰もが魅力を感じるからなのかもしれません。姿形を変えるものには、どこか人の心を打つものがある。

そう考えると、人生を変える為の一番の方法は、目に見えない宗教観や愛や夢や思想で精神や心を動かすのではなく、過去の偉人の名言でもなく、近道として結局は目に入ってくる風景を変えたり、無理矢理でも刺激的なイメージを直接視野に入れることだったりするのかも?なんて思ったりもします。サブリミナル効果って映画館で客にコーラを飲ませるためだけに使われるものではなくて、きっとどんな日常の場面でも作用していて、それを使えばいい感じで自分をコントロールできたりするのかもしれません。
魔法を使うようなイメージで。

なんてことを考えつつ... 
最後に、本日から私の部屋は床のフローリングを張り替えるリフォーム工事が着工したことをご報告いたします。

工事が予想より結構大掛かりなようで、家具を出したり移動したりして数日間は寝る場所がないので、今夜からは妹の部屋で彼女のベットの横に布団をひいて、そこで寝かしてもらうことにしました。
ついでに大掃除と模様替えもしようと思っています。

さて、新しい生活の風景が、これからの日々に一体どう影響を与えるのか...
今日積もった雪がすっかり溶ける頃には、また何か変わっているのかもしれません。

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*Somewhere Over the Rainbow/Keith Jarrett