大阪府堺市…かつては貿易で栄え、戦国時代には「東洋のベニス」とまで呼ばれる繁栄を遂げた一大商業都市…しかし江戸時代には大坂の発展とともに港湾としての繁栄は陰りを見せ、そして幕末には神戸港に完全に取って代わられたのでした。さてここにも実は幕末の黒船ショックの産物である海防のための台場が構築されていました。ここを築いたのは彦根藩井伊家であります。当時の彦根藩は桜田門外の変による失墜と文久の政変により、徳川幕府内では完全に「ドブに沈んだイヌ」となっていました。そのため、彦根藩は必死に幕府に対する忠誠をアピールするために堺港を防御するための台場構築を引き受けたのでした。元治元年(1864)に構築を開始。その後は堺奉行が引き継ぎ、慶応2年(1866)に完成したのでした…が、残念ながら台場が活躍する場面はなかったのでした。
堺台場までは南海本線堺駅から徒歩5分の立地
駅から出るとそこはすぐに河口となり、漁船などが係留する古の港町の残滓が残っていました。
堺台場は明治になってから大浜公園となり、かつて大阪郊外の行楽地として繁栄していました。今ではスポーツアリーナなどの公園となっています。
堺台場…正確に言うと彦根藩が本格的に築いた南台場はテニスコートの裏手にあります。
テニスコートの裏手に台場の石垣が残っています。残念ながらこの辺りは余り人が入らないのか雑草ぼうぼう、おまけに大雨が降った後だけに靴がびしょびしょに濡れる状態でした。
石垣上部は公園となっています。
さて折角ここまで来たのでぜひともそれ以外にも訪れてほしいスポットがあります。
高速高架したくぐった先にある
旧堺燈台
明治初期に建てられた国内最古の木製洋式灯台として
かつてはこの堺港の象徴ともいうべき存在であり、貴重な文化財として国の史跡にされています。
港湾都市として繁栄した堺ですが、今ではすっかり工業都市に。しかし、その名残が工場の壁にかつての貿易都市・堺の絵が飾られていました。
南台場付近は大土塁となっており、やはりかなりの規模です。



























