さてノイシュヴァンシュタイン城を攻略してみると贅沢なもので、やはい200年前に建造された城ではなく、

「今度は本物の中世の山城を巡ってみたーい!」

という思いに駆られました。いや、さっきヴュルツブルクでマリエンベルク要塞を巡ってたのですが、やはり今度は本物のドイツの山城が見たい!という時におススメなのがエルツ城です。このドイツ西部

ドイツの大河ライン川には川沿いに次から次へと古き古城が見れる

こちらもまたなかなか城の多い地域。元々この辺りは古代ローマ帝国の国境地帯だったこともあり、古くから様々な城が築かれてきました。それこそ探し出したら、プファルツ城やマルクスブルク城等様々。そういえば伯母上らも確かライン川下りの旅を楽しまれていたそうなので、やはり城巡りをするからにはこの地域は外せない。その中でも

ドイツ三大名城の一つであるエルツ城の風格は別格でした。

ホーエンツォレルン城、そして二日前に訪問したノイシュヴァンシュタイン城とここエルツ城はドイツ三大名城と言われる城。その中にあってエルツ城は800年以上の歴史を閲する本物の古城。周囲を緑の山々に囲まれる中に佇立する風格たっぷりの本物の城を味わえるということで、近年になると近くまで路線バスが走らせるようになりました。

まずはヴュルツブルクからそのままフランクフルト~マインツ~ケルンへとまっすぐライン川沿いの幹線を行くICEに乗車…っとその前にヴュルツブルク駅前のドラッグストアにて小袋を購入。リュックサックを盗まれたためにドリンクとか食料品の入れ物が無いとキツイのよね。

無事に必要なモノを買ってヴュルツブルク中央駅に到着すると、最早何度目か分からない

ドイツ鉄道恒例の大幅遅延

もう時間通りの運行をドイツ鉄道に期待するのは無理というのは今更なんですが、問題はここで遅れるとドイツの場合遅れても

乗り換え救済は無い

普通に乗り換え待ちとかはしてくれなくて、定刻通りに発車します。だから絶対乗り換え時間については最低30分以上は見ておくべきだって自分に言い聞かせていたのに…結局20分遅れで列車は到着。一路北の方へと進んでいきます。

まずは朝に出発したフランクフルト市街を通過。しかし駅に到着すればするほどドンドン遅延時間は延びていき…

もうスケジュールは諦めた(開き直り)

もうどうなってもいいや!と完全に諦めモードに入った私はゆっくり車窓からの景色を楽しむことにしたのでした。なんつーか一日前のアレからのコンボでもうどうなってもいいの心境。かくして列車で眠ることもできない私は(スマホが写真撮影のため、バッテリー充電中)で車窓風景を眺めながらの旅となりました。

目的地のコブレンツ駅に近づくにつれて列車はドイツの大河ライン川沿いを走るようになり、川とそれに挟まれた山上に多くの古城が聳えてる光景。

もうそれこそ両側を眺めたら古城がそのまま残っているのだからここは車窓を楽しむのにも打ってつけです。

ライン川下りの船

結局、コブレンツ駅には20分遅れで到着。やはりというべきかとうの昔に乗り継ぐはずだった列車は出発した後でした。とりあえずは駅構内のコインロッカーで荷物を預けてようやく身軽に。旅行移動の時はこれ全部持っていないといけないのは地味に辛い…

結局1時間遅れで普通列車(RB)に乗車。

さて下車したのは途中にあるホームと待合ベンチだけの典型的な無人駅ハッツェンポルト(Hatzenport)駅にて下車。エルツ城は元々は人里離れた山奥深くに位置しており、城までのアクセスは一番近いモーゼルケルン駅から5キロ約90分のハイキングか、この駅からのバスでアクセスするしかありません。幸い、ここも最近は観光客が多くなったためか以前は休日限定だった路線バスが今では毎日1時間に1~2本走るようになっています。バス停では地元民らしきおばあちゃんと妙に陽気で明るい30代くらいの男性。この男性結構気さくに話しかけてくるのですが、前日の例もあったのでちょっと警戒気味。幸い英語での片言会話でしたが、男性はウクライナ人ということが分かりました。ということは戦火から逃れて移住してきた人、その割には結構明るい。それはもう自分が戦争での無益な死地に赴くことを免れた安堵か。キエフ政府支配下では今や強制動員までされている現状。今となっては彼にとってはここドイツでの暮らしが安住の地のようです。バスが来たので、ここでお別れとなりました。

バスの運転手には事前に「1日券」での現金購入を依頼。1日券といってもほぼ往復料金と同じなのでこれさえ購入しておけば帰りのバスでの購入の手間を省けます。

もう既に閉館時間も近いのかバスは乗客私一人を載せて山中を走っていきます。段々人家が減っていき、小麦畑のみが広がる牧歌的な風景へ。

さてエルツ城行のバスですが、正確に言うと城から1キロ離れた駐車場に止まります。ここから先は歩くか、小型のシャトルバスで行くかの2択。

目的地のエルツ城はまさに人里離れた山奥にある城、現代でこそこうやって道が舗装されていますが、かつては本当にここまで来るのも一苦労だったでしょう。

周囲は緑の山々に囲まれ、手つかずの自然の中にその城は佇立していました。周囲とは隔絶した環境下で残ったエルツ城

私が見たかった本物の山城です。

古くからこの地の領主だったエルツ家が築いた城。12世紀初頭という日本で言うと平安時代から存続し、残っているまさに本物の古城。一部改修工事のため幌と足場がかかっているのがちょっと残念でしたが、しかしこれもこの城を存続維持するための大切なこと。

 

エルツ城はガイドツアーのみでしか内部には入れません。しかも内部は例によって例の如く写真撮影禁止…内部の模様をお届けできないのが残念ですが、古い城でしか見られない独特の雰囲気は本当に素晴らしかった。余りにも外界から隔絶された環境故に冬季は休城状態になるため、訪問できるのは実質1年で半年ほど。

ちょうど駐車場から城までの道の途中がこのエルツ城の絶景スポットの展望台があります。

モーゼル川沿いの森の中に隠された名城エルツ城は千年近い歴史の中で難攻不落の山城でもありました。決して落城することなく、今も城主エルツ家の末裔が所有し、今も生活している(流石に近年は週に一回くらいの訪問らしい)。城主が今も現役というこれもまた大変な話です。それこそかつて本邦でも犬山城は城主であった成瀬家所有でしたが、遂に維持管理の観点から財団法人に移管しているくらい城の維持は現代では何かと莫大な金銭のかかる話なのです。

エルツ城の歴史は古く既に9世紀には元となる荘園領主の館から始まりました。記録に残る限り1157年には神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世に譲渡証書を発行されたルドルフ・フォン・エルツなる人物がおり、既にこの頃から原型となる城が出来ていたと推定されています。

 

この城主エルツ家はその後分割相続で、子孫で3家の分家が共同所有するという珍しい形式でした。普通「分家」は「本家」とは別の地に移り住む形ですが、エルツ家の場合は3家がそれぞれに城の中に居住する形式。従って時代が下るにつれてどんどんと増改築され、最盛期には3家の一族と従者で100人の人間が居住していたと言われています。立地が立地なので周囲に拡張することはできないので、「上へ」「上へ」建て増しされ、現在の姿となったのは1661年、日本で言えば江戸時代前期のことでした。

手前の門と低い建物が原形のエルツ城、その背後の物凄い高さで聳えるケンペニヒ・ハウスが1661年に増改築で設けられた居住空間でした。

さて城の見学が終わって再びバス停に戻りますが、やはり訪問者の大部分は車で来ているようです。この分だと路線バスの毎日の運行も今のうちかな?

再びハッツェンポルト駅前まで戻り、モーゼル川の景色を眺めながらコブレンツ行きの戻りの列車を待ちます。

かつてはこの地域の物流の大動脈だったモーゼル川

建物もこの地域独特の構造で、外国人から見たらこれもまた味わい深い光景でした。

駅まで戻り…帰りの列車を待とうとするも定刻になっても列車は来ない…RBでさえ結局こうなってしまうかともう諦観の念。ま、もうあとは宿へ入るだけだし気長に待ちましょう。

15分ほど遅れて列車は到着、一路再びコブレンツへと戻ります。

コブレンツは元々古代ローマ帝国が築いた城塞が元になった都市で、ライン川とモーゼル川の合流点という交通の要衝からその後もドイツにとっては軍事的には重要な都市でした。

ここには中央駅からすぐ真上に聳える堅固な要塞が今も残っています。「コンスタンティン大公要塞」
木曜日の15:30~17:30の2時間のみ開かれるという超絶難易度の高い要塞であり、勿論この日は木曜日ではないので断念しました。それでもホームから見てもその威容は素晴らしい。
 
コブレンツ中央駅の構内にあるマクドナルドで夕食を取って、売店で翌日の飲食物を購入。そのままケルン行きの列車の乗車

大聖堂で有名なケルン中央駅に到着。時刻は既に22時前。にもかかわらず日本ではまるで夕方のような明るさ。この日が一番観光と移動で一番長い時間かけての旅だったのですが、不思議とそんなに疲労感はありませんでした。

それでは駅前のホテルにてチェックイン。本日の旅はこれにて終了です。

 

 

 

ハッツェンポルト駅から路線バス335番で約25分(10.4€)バス停から徒歩15分

 

「エルツ城に狼煙が一本…

Ein einzelnes Rauchsignal erhellte Schloss Eltz...」