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山梨県の最西端、長野との県境に位置する笹尾砦はその立地からしてまさしく「国境の城」と言えるでしょう。四方を山に囲まれた甲斐の国を象徴する高原地帯。そこにひっそりと眠る笹尾砦は山梨県の城巡りをするうえでは一度は訪問してみたいと思っていたものです。

2026年4月、松本在住のT氏と会いに行くために松本で前泊していた私であるが、T氏との合流が11時くらいになっていたので、折角なのでここを訪問してみることにした。山梨は越前からはなかなか訪問しづらい。新幹線では行くことができず、どこから行くにしても最低3回は乗り換えないといけないので、なかなか訪問回数が少なくこの時点で訪問城巡り数では最少記録となっていたのだ。各県最低15城は巡るという私の目標を達成するうえで一番の困難を極めていたのがここだったのだ。そこへ折角の松本から電車一本で行ける機会が巡ったので、この機を逃がしてなるものかと松本から一番近いここ笹尾砦を城攻めの対象と選んだ。

朝一番の中央本線の始発列車に乗車して小淵沢駅へ到着。休日ということもあってか普通列車の乗客も少なめで、ゆったりと座ることが出来た。

小淵沢駅は小海線との乗換駅であり、何度か旅では「通過」したのだが、ここで下車する機会はなかなか無かった。一度、親戚への挨拶として、桃を購入する時に下車したくらいである。

2010年だったからあれから16年、すっかり様変わりして駅舎も真新しくなっている。駅前ロータリーには観光客の送迎のためか多くのタクシーが待機して降りてくる客を待っている状態。さて、ここから笹尾砦までだが、公共交通機関でのアクセスでは北杜市民バスがあるのだが、これがデマンドバスであまり使い勝手が良くない。というか早朝では利用は不可能である。かといってタクシーでは流石に金がかかり過ぎる。そんな時に、使用したのがトヨタレンタカーの「トヨタシェア」である。これはアプリで予約するので24時間いつでも利用出来、その上短時間での利用も可能という優れもの。今回は移動の往復時間と散策時間を計算すると1時間。小型車だと880円ほどで利用できる。タクシーよりも安価に利用できるので最近は重宝するようになった。

早速駅前の駐車場のレンタカーをアプリでロック解除して出発。15分ほどで目的地へと向かう。

やはり4月の山梨はまだ肌寒い。笹尾砦は小淵沢から南へ行き、八ヶ岳南麓台地の南端に位置している。周囲はまばらな民家と田畑が点在し、かつてはこの辺りは屋敷があったとされる。

遠くに南アルプスの山々が広がるが、うっすらと寒い空気が山上に雲が漂い、雪山山頂を覆い隠している。笹尾砦は史跡として整備されていて、すぐ傍に駐車場があるので歩かずに済むのが利点である。

まずは駐車場から城跡への間は巨大な空堀が広がる。

笹尾砦はマトリョーシカのような構造で、6つの郭が連郭となって、それぞれに空堀で遮断されている。三の丸は駐車場となっており、史跡整備されているのはここから1の曲輪、2の曲輪である。

まずは2の曲輪跡

二の曲輪は細長い形状をしていて、そこを土塁を高くすることで外部からは視界が遮断されるようになっている。

城跡には展望台らしき小屋が設置されていた。

そしてこの虎口を通過すると

1の曲輪に到達。ここまで僅か3分、最速の城巡りとなる。(笑)

ここも台地の先端に向かって細長い形状をしており、二の曲輪からは見えないようそして、出入口を細くすることで侵入を制限している。

 

一の曲輪と二の曲輪間の空堀

二の曲輪間にある石碑

構造からするとどうも二の曲輪がここ笹尾砦の中心部と思われる。

 

 

展望台から見た南アルプスの山々

三の曲輪跡の駐車場

「国境の城(砦)」として簡素ながらもしっかりとした遺構が残されており、30分ほどで散策を終えて小淵沢駅へと戻る。
近くにある諏訪神社
その名前からして、まさに国境を越えた先にある諏訪との関係を連想させる。
 
この砦を築いたのは武田信虎、信玄の父親と伝わっています。そのきっかけは享禄4年(1531)と伝わる。この前年、甲斐では
「甲州錯乱」と呼ばれる内乱が勃発。信虎配下の国人が離反し、隣国の諏訪氏を頼って甲府を退去した事件が起きていた。これを警戒した信虎は甲信国境に近い笹尾砦を整備し、庇護していた諏訪下社の金刺氏を置いたが、逃亡し、自落したと『当社神幸記』という諏訪氏側の史料が伝えています。
 
〇アクセス

JR中央本線小淵沢駅から車で15分


 
「笹尾砦に狼煙が一本…」