日本の最北・稚内宗谷地方まではそれこそ行って帰るだけで1日はかかります。宿泊施設が整っている旭川で宿泊し、朝一番にJR宗谷本線の列車に乗車して、6時間かけて終着駅の宗谷駅まで行く。そこから数時間ほどの滞在で本当に行きたい場所に急いで行く。そして最終列車に乗車して、また旭川に深夜に戻る…思えば稚内までの旅行はその繰り返しでした。そしてこれが恐らくは最後の稚内訪問となるであろうと覚悟して、最後の旅へと出発することにしました。もう昔のように時間を贅沢には使えない…自分を衰えを自覚するのに十分でした。それでは最後の宗谷地方の旅をお届けします。

前日深夜に旭川に到着し、3キロ近くを歩いて「宿」で宿泊。5時間ほどの仮眠で朝5時に出て新旭川駅から宗谷本線始発の普通列車に乗車します。この普通列車に乗車して約6時間の列車旅。これも「毎回のお馴染みの定期便」です。

名寄駅

ここまでは学生などの多くの客が乗り降りしていました。そしてここからはあまり乗客のいない超ローカル線の風景となります。それでもやはりこの路線、色々な車窓風景を見るのが楽しいからやめられないんですね。

天塩川

この車両は元は急行用車両ということで、座席の乗り心地は非常に良い。あとはキチンと飲食物を事前に用意しておけば、ここでの数時間の旅も楽しめるというものです。

やがて列車は一路終着駅の稚内駅に近づいてまいりました。途中までの人家がまばらなほぼ自然だけの風景もやがて

住宅街の中を高架橋で稚内駅まで行く風景。北の国境都市稚内に到着。

12時に到着するとただちにレンタカー営業所まで走り、すぐに発車。まったくもって我ながらこんな余裕のない旅をよく続けてきたものです。そこからは本州に比べて車幅が広い北海道の道路をひたすらオホーツク海の沿岸沿いに走っていきます。

神威岬は公園となっており、ここをナビに設定して車を走らせて行きます。

「ヤムワッカ」とはアイヌ語で「氷・冷たい」を意味する言葉で遠くまでオホーツク海を見渡す立地です。その間に濠状のようになっており、これが溝状のくぼみとなって、チャシ遺跡の名残となっていました。かつてはアイヌの人々がここを見張り所としていたと考えられています。

シンプルな構造ですが、それでも真新しい解説板が設置されており、何もないというわけではない、かつての人々の痕跡が残されているんだなと実感できました。

 

すぐ近くの神威岬公園からまた色々と見えてきます。殆ど誰もいない場所ですが、10月でも風は強くやがてオホーツク海からの冷たい風でも心地よく感じてしまいました。でももうちょっとしたらこれが激寒の寒風に感じるんだろうなぁ…

ヤムワッカチャシの全景

 

ここからは内陸部に戻り、宗谷本線の次年度2025年には廃駅となる駅を訪問していきます。

JR北海道では殆ど利用者のいない駅の廃駅を進めてきており、私が旅を始めてから既に数多くの駅がその歴史を終えていきました。今や宗谷本線も気づいてみれば主な駅を除くとドンドンとなくなっていきます。

まずは雄信内駅。ここは古い木造駅舎が残っています。

1925年に開業して100年の歴史を生き続けた古い駅舎、かつてはここにも駅員がおり、住民の多くが利用して列車に乗って移動する日常の光景が繰り広げられていたのでしょう。しかし今では最早人の姿は無く、そして駅自体も100年の歴史を終えて姿を消すこととなりました。

 

2番目は南幌延駅

ここは板張りのホームと駅名標だけがある駅

小さな待合室は非常に綺麗なものでした。

 

最後は稚内近くの抜海駅

ここはよく始発の普通列車が数分間停車する駅でここは非常に思い出深い駅でした。正直言うと稚内市内にあり、

それなりに人家のあるここも廃駅となるとは…という思いでした。

10月の北海道は日没が早く、17時近くにはもう本州の日没時間となっていました。夕陽に照らされる抜海駅舎を最後に記録にとどめておきます。

利尻富士

夜の帳が下りる稚内駅前

それでもここは人も車も行き交っており、ようやく文明の世界に戻ってきたような気分になりました。

最終の札幌行きの特急「宗谷」に乗車して、再び帰路に戻っていきました。最後の稚内旅もこれにて終了です。

 

 

〇アクセス

JR宗谷本線稚内駅からレンタカーで約1時間半

 

「ヤムワッカチャシに狼煙が一本…」