〇この城を登る時に笑える?笑えない?
神社の所が登城口へのアクセス路となります。
一見すると笑路城への登り口は非常に分かりにくいです。神社脇の農道らしき小道を歩いていくと獣除け用の電流フェンスでのフックを外して、更に上へ行くと二重の網の目の入口と二重の入口になっていて現在の方が防備が高いのではないかと思わせてしまいます。というか最初、この2番目の入口が荒れ放題になっていて、「最初道とは認識できなかった」のでした。農道をそのまま進めど進めど全く城への登り道らしい道が見つからない…流石にこれはおかしい…もしかしてさっきの崩れた網のフェンスでは…?と思って引き返したら、案の定ここが本当にそうであった。
この笑路城への道はかなり獣道で、しかも一度大きく迂回するように城山から離れていくので、登っていて全然笑えない状態となってしまいました。この道、本当に城へ着くのか…
倒木もひどく、歩くのもなかなか一苦労。「笑路」なのに全然笑えないのが本当に後から見ると笑ってしまいます。
堀切跡
ようやくこの堀切跡を見て、「ああ城へと辿り着いた!」と初めて笑うことができました。
そして遂に石垣の虎口跡を発見。最初が不安で一杯だけに城跡の遺構がキチンとあるとそれだけでホッコリと笑えます。
主郭に残された石垣
かつては発掘調査で天守台などの豊富な遺構も発見されたのですが、残念ながらその大半は埋め戻され、今となっては僅かにこのように表面的な石垣が断片的に残る…ちょっと寂しい
元々、この笑路城の発掘調査が進むきっかけとなったのはここに関西電力が電気線の鉄塔建設がキッカケでした。今も西郭に鉄塔が聳え立っています。
遠くに見ると今色々と問題となっているソーラーパネルの光景が…やはりこうしてみると残念です。景観的には色々とブチ壊し
笑路城自体は見所として少ないですが、丹波と摂津を結ぶ街道の傍ということもあってかかなり当時としては織豊系で改修された形跡があり、その改修跡が非常に興味深かったです。
城を登る時は「笑路」でありたい。そう願ったものです。
〇近世城郭の影響を受けた山城
笑路城は長沢氏の城で、長沢氏は丹波の国衆で、明智光秀の丹波攻めに際しても頑強に抵抗しましたが、後に明智光秀に服属します。その後は明智光秀の本能寺の変にも随行し、やがて討死したのでした。一説にはこの城には「天守」に相当する「中央櫓」があり、いずれにせよ織豊系の城郭の影響が見て取れます。
〇アクセス
JR嵯峨野線亀岡駅から徒歩20分、そこから徒歩20分で主郭
「笑路城に狼煙が一本…」

















