『岸辺露伴は動かない』シリーズで一番のお気に入りである『懺悔室』が遂に実写化!しかも映画第2弾とあっては是非とも観てみたい!との思いがありました。先日、ようやく郷里・大和国で映画鑑賞した結果

「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!俺は荒木先生原作の『懺悔室』を観に来たのだが、半分小林靖子女史のオリジナル脚本『懺悔室 後日談』で痺れて憧れてしまっていた!な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった…!オリジナルで映画の尺稼ぎとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ…もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

いや、マジで凄かった。今回は『岸辺露伴』シリーズでも一番のクオリティでした。またもう一回映画館で観に行きたいと思えるレベルで素晴らしかった。前回『ルーブルへ行く』が微妙な出来だっただけに今回は文句なしに素晴らしかった。大事な事なので二回言いました。小林靖子女史と言えば、ジョジョ本編のアニメでも絶妙な塩梅で原作を補完するオリジナルを挿入するほど作品を理解し、その上で自分なりのオリジナリティによってより作品の魅力をいや増す天才。私もアニメで見ていて「あれ?これどこまで原作だったっけ?」というぐらい全く原作のままと勘違いするような描写が本当に上手いから(暗殺チームの過去話、エンポリオの啖呵etc)、私としては是非とも女史にオリジナリティ発揮してほしかったのですね。あと、ドラマ『岸辺露伴は動かない』はここまで4部『ダイヤモンドは砕けない』要素が入ってきたので、今回は折角舞台がイタリアだから5部『黄金の風』要素を出してほしいという願いを込めていましたが、それが完全に叶えられたので大満足。是非ともまたもう一回劇場で見てみたいと思えるクオリティでした。今回、私の中で『懺悔室』に惚れこんだの要素は以下の通り

①全編ベネツィアロケ

前回『ルーブルへ行く』が肝心のルーブルパートが全体の三分の一という軽くサブタイトル詐欺なんじゃないかと思えるくらい意外に少なかったのに対して、今回は見事に全編ベネツィアロケを敢行。結果として「旅紀行」でも通用するくらいのベネツィアの情景がバックにするとそこにも注意がいく。これのおかげで映画全編だれたりせずに観ることが出来ました。その割には主要人物が殆どが日本人俳優というのは最初違和感を感じずにはいられなかったのですが、これも後で実は「仕掛け」られたものであることが分かります。

②前後のストーリーのつながりの良さ

『ルーブルへ行く』『密漁海岸』の微妙だった要素として、「本来のパートを補完する話(菜々緒の過去編、『イタリア料理へ行こう』が本来のパートより比重が重くなる」というのがありました。これはやっぱり本末転倒だけにちょっと気になったところ。この点、今回は『懺悔室』とその後日談を岸辺露伴がヘブンズドアーを駆使することでキチンとまとめることができました。あとは前の二作で気になっていた編集の泉京香

③鬼気迫るポップコーンバトル

折角高い映画鑑賞料金を払うのだから、「大スクリーンで見て良かった!」と思わせるような要素。これがやっぱり大きいでしょう。前作が「テレビスペシャルでいいじゃん」と思えたのに対して、今回はやっぱりこれ。原作でも「ただポップコーンを投げ食い」するだけの何ともないゲームを鬼気迫る真剣デスゲームへと変えてしまう。原作でも「懺悔室」を名作たらしめている要素。これもヘタな演出描写だと興ざめしてしまうのですが

水尾(原作の富豪にあたる)大東駿介の目を血走らせた顔芸

で見事にこの点、クリア!

良ぉお~~~~~しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし

「立派に演じられたぞ!大東駿介!」

なお、原作では首チョンパされてしまったのですが、映画ではある意味もっとグロイ最期(贓物グシャ流石に直接描写はされませんでしたが)を遂げました。また戸次重幸演じるソトバ(原作の浮浪者)も娘の舌から顔のシルエット(ここで顔が直に出ないことのが伏線)が浮き出るのは見ていてキモさが倍増。映像作品ならではの尖った描写も良かった。

 

 

 

ここから先は完全ネタバレ感想に入ります。懺悔室未鑑賞の方はここから先は控えることをお勧めします!

 

 ポップコーンバトルの後で明かされた実は水尾と井浦新さん演じる執事の田宮が入れ替わっていたという「懺悔室」の一番の仕掛け。これタネ明かしする前にソトバが水尾(中身は執事の田宮)に迫る時の会話で実は原作ではこれネタバレ前の伏線となっているのですね。「人違いなんだ…」「なんで俺がこんな目に…」この微妙な会話が噛み合っていないのが、伏線だったのに映画では普通に噛み合った会話になってしまっている。最初劇場で見た時「オイオイ、ここでの微妙に噛み合わない会話劇が伏線なのにどうすんだよ」と思っていたのですよ。折角「娘の姿を見て幸せを感じてしまう」シーンでの顔のアングルで巧みにやっていただけに何でこの会話を噛み合うものにしてしまったら台無しになるじゃん!と思っていたのですが、映画では田宮は「元々日系人の詐欺師で死んでもあと腐れのない人間」というオリジナル設定でこの点を見事にカバー。皮肉なことに田宮はソトバの「呪いが発動」した時に自分が「身代わりにされていた」ことに気づかなかった。詐欺師で人から呪われても不思議ではない境遇、そして富豪の地位と顔を手に入れたことで「自分が幸せの絶頂にいる」ということで、(田宮にとっては不幸なことに)ソトバとの会話が見事に噛み合ってしまっていた。考えてみると原作では浮浪者が強引に押し切っていましたが、あの時呪いの身代わりをやらされていた執事が一言「自分は影武者」と言っていれば、身代わりが即バレしていた可能性もありました。その点を踏まえた今回の改変はなかなか上手かった。そして田宮(BY大東駿介)がようやく自分が「水尾の身代わりにされた」ことに気づいたのは事切れる寸前にソトバが全身の姿を現した時に「ようやく分かりました…旦那様」。ここで先に述べた通り娘の舌に現れた時には顔がはっきり見えなったことも伏線になっていました。

 

そして後半はオリジナル脚本。原作でも触れられていた通り、田宮(中身は水尾)が2人の怨霊に常に監視されたその後が描かれます。ここでキーマンとなっているのが「娘の幸せが絶頂に達した時にお迎え(呪いの成就)に来る」として図らずも父親の呪いのトリガーにされてしまった娘のマリア。物語は現代の露伴と玉城ティナ演じる娘のマリアを軸に話は進みます。自分が「お迎えに来られない」ように田宮は娘に対して「一番の幸せを選んでいけない、パパが死んでしまうから」「幸せの絶頂に達してお迎えがくる」ことのないよう、常に二番目を選んできた田宮。その生き方を娘に強いる毒親と化してしまいました。常に2人の怨霊が「幸福に襲い掛かる」イタチごっこ。それにしても井浦さん

大河ドラマ『平清盛』ではソトバの100倍には及ぶ不幸力と怨霊パワーで自らの不幸を呪う最強の怨霊となしていましたが、今回はまさにその逆に自分が怨霊に呪われ、恐怖におののきながら生きる人間ポジションにうーん、この因果応報感。いつしか自分が死なないために、娘を犠牲にし、生に執着する姿。そのためにありとあらゆる形で「幸せの頂」に達しないようにイタリア式不吉な験担ぎをする姿はシュールさを通り越して、「妄執」という領域を見事に演じきっていました。そして実はベクトルは異なりますが、「幸せの二番目を選択し続けることで、呪いが成就しないように生き続ける」という考え方は

ジョジョ5部のラスボスディアボロのそれと実はよく似ている。

しかも2人の怨霊による呪いの効果として「マリアが幸せの頂に達した時にくる呪いの成就までは死ねない体質となっているという原作には無い特異な人間と化し…

これ完全にゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの無間地獄に掛けられたディアボロそのものじゃん!

死ぬことすらできず、ただひたすら呪いに恐怖しながらの生き続ける無間地獄に達した田宮。つうか井浦さん、雰囲気だけならまさにジョジョシリーズのラスボスを見事に体現してくれていました!もしジョジョシリーズが実写化されたら(うん?第4部第2章?知らんなぁ…)ビジュアルを無視したら、多分めっちゃラスボスで似合う。

 

物語は図らずもヘブンズドアーで田宮のページにある「血塗られた人生」に触れたことで、自分も「幸せが襲い掛かる」呪いに巻き込まれてしまう形となった露伴。図らずも自らも巻き込まれたことで、田宮との対決となります。そして自らは「運命の道具」となることに憤る露伴は原作とは真逆ながらも「確かに…」と思いそうな形でブチ切れるのが最高に露伴らしい。そしてマリア、彼女は父親に規定された生き方を強いられ、表面上はそれに屈しているように見えて、実は真のところでは「自分にとっての一番」を手にすることに決して諦めないでいる。そして最後には無事彼女は諦めずに立ち向かった結果として、呪いの連鎖から解放されるハッピーエンドを迎えます。一方で「自分が生きるために娘の死にするら安堵する」という醜い生を晒した田宮は皮肉な事に「終わらせることのできない無間地獄」に陥りながら怨霊たち共に生き続ける。この「幸せから逃れる」運命を受け入れるか、それともそれに抗い続けることで道を切り開く人間の崇高さ。

すなわちこの後日談はまさにジョジョ第5部「黄金の風」のオマージュそのもの

なんですね。うわぁぁぁぁ!「ジョジョ5部要素が入れて欲しい」という希望がこんな最高の形で実現するとは思っていなかった。それ以外にもテントウムシのブローチ、とか「ティッツァーノ」という名前とか細かい所でも5部要素がてんこ盛り!俺もう1回観に行きたくなってきた!

 

今回は小林靖子女史による絶妙な味付けで最高の『懺悔室』を見ることが出来ました。是非ともこれは友人とも深く語り合いたい作品でした。