「私だって銀英伝の感想記事を書きたいんです。でも書けないものは書けないんです」

「できたぞ!感想記事を読め!」

いつの間にか原作者先生と同じ状態になってしまっていることについて

今にして思えば原作者先生が陥った状態が身に沁みて分かってしまいました。ノイエ銀英伝の感想記事もうすっかり皆さまも忘れておられたのではないでしょうか…いや本当早く書きたかったのですよ。ただ色々ありすぎてなかなか筆が進まなかったこと。またもう一つ言うなら困ったことに策謀編の幼帝誘拐以降のパートが原作に軒並み忠実過ぎて感想の記事が書きにくい点も筆が進まなかった理由でした(汗)いや…さぁ…ノイエ銀英伝って良くも悪くも原作から大きく改変する要素が大きく、今までの感想はそれに対するべた褒め賞賛とツッコミ批判が感想記事の大きな要素なんだったんですよ。それがこの策謀編中盤からはむしろ石黒版以上に忠実に描いていてるので感想そのものが原作に言及しないといけない。必然的に文量が凄まじいレベルが要求される。これがなかなか進まなかった理由なのですよ。でも早くしないと

テレビで策謀編が放送されちゃう!早く書き上げないと!

ということで何とか放送完了までに策謀編総評まで行こうと思います。よし、退路は絶った。ということでノイエ銀英伝感想記事再開です。よろしくお願いします。

 

〇幼帝誘拐後の一幕

まずは原作通り第4章「矢は放たれた」の通りに推移していく幼帝誘拐後のラインハルトと帝国関係者たちの深夜の一幕が描写されます。深夜に起床し、元帥府に集められるヒルダやシュトライトの会話劇からスタート。皇帝が誘拐されたことを詫びるために参上する憲兵総監ケスラーと皇宮警備責任者のモルト中将。ケスラーに対しては淡々とエルウィン・ヨーゼフ2世を救出するように命じられ、ラインハルトに対して殆ど直視しないまま退出するケスラー。既に彼はこの前段階でこの事件の真実に気づいているので、この一連の報告が茶番そのものであることが分かっています。彼が凄まじいのはこの後この件に関して一切真実を告げぬままラインハルトに仕えたと言う点にあります。これがロイエンタールだったらそうはいかなかったでしょう。もっともそのロイエンタールもまたある程度の真相は洞察しているのですが…哀れなのは何も知らないモルト中将だけ

ラインハルト「モルト中将、明日の…いや既に今日だな。正午に卿への処分を通知させる。それまで執務室で謹慎し、身辺を整理しておけ。思い残すことはないように…」

さっさと自決しろということだよ、言わせんな恥ずかしい。

法的処罰による不名誉を被るより、自決することで「潔く責任を取った」ということで不問に付される習慣は実に江戸時代の切腹劇にも通じるものがある。原作小説ではこの時のモルトの態度は若い主君の暗示を正確に理解した彼は、むしろ感謝の色さえ浮かべて静かに退出した」(原作より)とあるのですが、石黒版でもノイエ版でも明らかにモルト、失意の表情で退出しているんですよね。やはりここら辺の相違というのは余り現代人には共感できる習慣ではないということでしょう。

印象的なのはまだ若いリュッケが非常に沈痛な表情をしていて、この辺の彼の純粋で若々しい部分がよく出ていたと思います。

続いて描かれるのはケスラーと(負傷療養中の)ミュラーを除く諸提督たちと今後の事態を討議するシーン。ここら辺はシュタインメッツやレンネンカンプ、ファーレンハイト等が会話する貴重な場面。もちろんアイゼナッハは喋りません(笑)ここら辺は原作では双璧やビッテンフェルトなどいつもよく喋るメンバー以外には発言者が明記されていないので、誰にどの台詞を当てはめたのか、石黒版ではどうだったか等と比較参照するのも一興です。

私的にうーん?と思ったのはレンネンカンプの声。レンネンカンプはちょっと声が甲高い感じがして、少し違和感があります。石黒版の故渡辺猛さんのドスの効いた低い声が鉄板だったので、

 

むしろシュタインメッツ役の青山譲さんの方がレンネンカンプに似合うだけの低いイケボな感じが似合う感じがしました。そして自然な形で「門閥貴族と自由惑星同盟が手を結ぶ」可能性へと提督たちを誘導するラインハルトとオーべルシュタイン。引っかかるものを感じたのはやはりと言うべきか

 

中村ロイエンタール「犯罪には必ず受益者が存在する。皇帝の誘拐によって今回最も利益を得るのは誰か…」

この辺ラインハルトは誰にもバレていないと思っているのですが、事前に背後の事情を知っているヒルダやケスラーだけでなく、事情を知らないロイエンタールや魔術師にさえ、見抜かれているのがジワジワとくる。

 

〇ざーさんヒルダの声色

原作ではモルト退出後、提督たちの参集前に交わされていた幼帝誘拐の真実を問い質すヒルダとそれにこたえるラインハルトの会話劇はノイエ版では提督たちとの討議が散会した後に変更されているのはここはなかなかいい改変でした。ここでのヒルダ

ヒルダ「このくそったれ~!ワシ、エルウィンが誘拐される危険が高いと警告しとんのに何無視しとんねん!!モルトを自決に追いやって何が自由惑星同盟に軍事行動する口実ができたじゃ、ボけぇぇぇ!」

あ、失礼。何かざーさん声のヒルダの裏の顔を勝手に妄想してしまいました(笑)

真面目な話に戻ると石黒版でのヒルダさん、どちらかというと事実を再確認するために淡々と喋っていた印象があるのですが、ノイエ版のざーさんヒルダの場合は明らかにラインハルトに対する非難の声色が強いのですね。ヒルダってどっちかというとどんな時でも政治家的な顔が強くて、もちろん人間的な部分はあるんだけど常に合理的に政治家の側面が強い女性なのですが、ざーさんヒルダの場合はこれはこれで新鮮な感じがしているのでいい感じ。実際惜しくもタイミング的にモルト自決の報告が届いてしまったのですが、あのままモルトの助命を訴えそうな可能性が感じられました。そして石黒版ではすぐにヒルダ、いつもの調子に戻るんですが、ノイエ版ではむしろラインハルトに対する厳しい表情が見られる形で心理描写が上手い。

 

 

〇珠玉のフェザーンパート

その頃、フェザーンでは車内において幼帝誘拐の成功をルビンスキーに報告するルパート。ここまでは自らの計画した通りに状況が推移していることに大満足のルビンスキー。しかし、ルパートはある報告で警告します。

ルパート・ケッセルリンク「そのことですが、閣下。私の入手した情報ですとボルテック弁務官は必ずしも成功したとは言えない節があります」

自らが密かに在帝国弁務官府に忍ばせたスパイ網をもってボルテックが犯した致命的ミスを指摘するルパート。ボルテックが手玉に取られた失態を指摘し、警告するのですが、

ルビンスキー「まだそうと決まったわけではない。先走るな」

と万事楽観的なルビンスキーはルパートの警告を無視します。ああ、ルビンスキーは間違いなくこれをルパートのボルテックを陥れる讒言としか認識していないのですね。いや、もちろん間違いなく讒言ではあるのですが、それと同時に秘書官として計画が失敗しかねない重大な事態を憂慮する諫言でもあるんですよ。実際、この時ルパートの警告を聞いていればあるいは…というIFを考えさせられる重大な分岐点の場面でした。

 

 

皇帝「救出」の報をレムシャイド伯に届けるルパートの場面。ここら辺原作小説通りに忠実に推移していきます。「銀河帝国正統政府」閣僚名簿をルパートに開陳するレムシャイド伯。

ルパート「人選にはご苦労なさったでしょう」

レムシャイド伯「うむ、亡命者の数は多けれど陛下への忠誠と一定の能力を備えた者となればおのずと限られるからな」

うん、このセリフ。来る第5部では物凄いブーメランとなってレムシャイド伯に跳ね返ってきます。実際、シュナイダーにさえ、「レムシャイド伯はともかく他のメンバーは貴族という肩書しかない連中ばかり」とボロクソに言われていましたからね。曲がりなりにもそういう貴族は遺憾ながらリップシュタット戦役で殆ど落命してしまって、残った亡命貴族ではやはり人材はいなかった模様。それくらいならそれこそ忠誠心厚きこと疑う余地のないロマンチストのランズベルク伯を閣僚に指名しても良かったのでは?と思わないでもないのですが、レムシャイド伯が用意したのは亡命政府の軍務省次官という微妙な官職。これはレムシャイド伯でさえ

レムシャイド伯「やっぱ流石にあのランズベルク伯を閣僚にはするのはマズイ」

と判断されるくらい彼が夢想家であることが貴族達にも知られた可能性すら考えられます。ところで、この時ルパートが「レムシャイド伯、国務尚書なんてケチ臭いこと言わずに帝国宰相名乗ったらええやん!」と強く勧めるのですが、頑なに固辞するレムシャイド伯の場面。これ何でレムシャイド伯が固辞しているのかはキチンと言及されるべきでしょう。原作ではルパートも内心で洞察したように「帝国に残る門閥貴族達が反発して、ラインハルト陣営に寝返る可能性」を考慮していたんですね。まあ、そもそもこの段階でそんな実態の無さすぎる亡命政府の肩書で右往左往するような貴族たちがとてもではないが戦力になるとは思えないし、そもそも重大視するのも滑稽な話ですが、やはり実体無き亡命政府であっても権力を追い求める人間のどうしようもない性は発揮されてしまうのが歴史の教える所。

 

場面は変わってランズベルク伯らが乗船する亡命者密航用の客船ロシナンテ号。エルウィン君が凄まじく暴れ回り、船員たちからは完全に嫌がられ、苦労させられるボーメル船長のシーン。それにしてもエルウィン君、暴れっぷりが凄まじく、多分今までの銀英伝の媒体の中では一番狂気に満ち溢れています。なお、この時ランズベルク伯が雇った世話役のメイドさん、原作では若い女性なのですが、ノイエ版では年配のベテラン風女性に変更されています。流石に「皇帝」の世話役を若い女性にするのは無理があるという判断でしょう、

 

〇ルパートの決意と大人の世界へ

ルパート「あのローエングラム公が皇帝誘拐を泣いて恩に着ると思ったのかボルテックめ。その失策の大きさを親父は見誤っている」

ここで数少ないノイエ版オリジナルのセリフ、ルパートがルビンスキーを決定的に見切る重要な台詞が挿入されました!

いや、本当これなかなか着眼点として素晴らしいと思うのですよ。それまで腹に色々抱えていたにせよ表面上は「秘書官」として仕えていたルパートが決定的にルビンスキーの器量を見切った場面です。実際、ルパートも言う通りルビンスキーの計画を成功させる最大の切り札であるフェザーン回廊通行権は最後まで温存するべきものでした。ボルテックの失態はそれをあっさりと相手に渡してしまう言質を取られてしまったこと、これによって計画の破綻が目に見えたこと、それに対してルビンスキーがルパートの「諫言」を聞き逃してしまったことで彼は父親を見切り、独自行動に踏み出すキッカケとなったのでした。

本当、ノイエ版のルパートに関しては文句のつけようがない

ルパート「奴が失脚すればダース単位の愛人が露頭に迷うことになる。そんな無節操な生き方をしているのに奴には子供が一人もいない。用心深いことだ」

自治領主でありながら、その実態は地球教の代理人として従属した存在にすぎない父親を卑下するルパート。

ルパート「いないんだよ。そういうことになっている。自治領主が聞いて呆れる。人間の屑だ…さしずめ俺はその排泄物というところか」

この辺はある意味ではルビンスキーとルパートの秘めたる人間的な側面が垣間見える会話です。この親子、非常に他者を利用し、陰謀を巡らせる人間味の薄い冷酷非情な陰謀家という意味ではまさに似た者同士ですが、その一方でどこか人間臭い部分がある。ルビンスキーは多数を愛人を侍らせているんだけど、子供を身籠らせたのはたった一人ルパートの生母だけでした。この事実にはその辺に彼が本当の意味で愛していた最愛の女性とその忘れ形見だるルパートに対する情愛の背景を感じさせます。そして地球教の代理人の立場を押し隠してフェザーン市民を欺く父親を蔑むルパートの言葉にはある意味では彼はかつてはフェザーンの精神に愛着を持っている理想家の面があるのでは?と思わせます。本当はフェザーンの大義を信じたいのに皮肉なことに彼はフェザーンの裏面を知ってしまった。しかもそれを行っているのが実の父親…この辺が彼が非常に歪んでしまった本当の理由なのではないでしょうか。

 

ここから非常に妖艶なBGMと共にルパートとドミニクのアダルトな雰囲気に満ち溢れていきます。理性が居眠りする前に地球教の主教であるデグズビイを篭絡する依頼をするルパート。

ドミニク「理性の出番はもうおしまい。今夜は泊っていくんでしょう。ルパート」

おお、原作では描かれなかった非常にアダルトな場面でいい意味で印象に残りました。

何しろ田中作品そこら辺はあまり出てこないのでね。石黒版でも外伝で不良中年とヴァレリーのベッドギシギシ案件が出て以来ですね!もちろんこの場面、単なるエロの場面じゃないよ。表面的にはルパートの協力者を演じているように見せかけて、その実は彼を篭絡させる悪女ドミニクに面目躍如だからね。メガネを外させたのは彼を盲目にさせ、自身に疑念を抱かせないため。うーん、やはり園崎未恵さんの演技が素晴らしい。皮肉な事に政治面においてはある意味では父親を凌駕しようとしつつある成長を遂げようとしていたルパートでしたが、こと男女の営みに関しては完全に父親の掌で踊らされたままという未熟な面が露呈させてしまいました。そしてこの未熟さがやがて…