南北朝のラスボス、圧倒的絶望感で降臨!!

今回の絶望的なまでの展開、これまで見てきた読者もまた時行くんと同様に絶望するしかありません。何しろあと一歩まで迫りかけたラスボスとの対決は一気にひっくり返され、更に最強の味方か敵になり代わってしまうという最悪の展開。そして遂に「その時」が迫りつつあります。これまで一心同体で進んできた保護者である頼重さんとの別れ…残念ながら南北朝のラスボス・足利尊氏は余りにも人間離れした存在だったで勝つことが出来なかった。

 

南北朝のラスボス「ちょっと我が本気出すと真のカリスマの前に手も足も出ないようだね。それで本当に武家の棟梁の正統な後継者と言えるのかな?

笑わせないでくれ、所詮北条は滅び去った過去の遺物。北条による鎌倉幕府再興など夢物語なのさ」

この理不尽なまでの強さはマジでフリーザ様に匹敵する。絶望しかない。今までに松井センセイが話の随所随所で仕掛けた伏線が炸裂した回です。それでは本編感想参ります。

 

〇南北朝のラスボス降臨

死ぬ死ぬ詐欺で情けなさ全開で「もう駄目だ、死ぬ~」と口走り、結果敵も味方も呆然となった北条・足利両軍。そして結局死ななかった尊氏はまるで平静さを取り戻したかと思うと凄まじい能力を発揮しだします。その光は北条軍の将兵を照らし…

時行くん「後光!?頼重殿より…ずっと強い」

現人神である筈の頼重さんをすら越える凄まじい光が発せられたかと思うと、兵士たちは虚ろな目をして引き寄せられるように尊氏の方に向かいます。その中にはつい今しがたまで時行くんのために戦っていた筈の郎党・吹雪ですら今や時行くんの声は届きません。ここで解説が入ります。

解説「足利尊氏の実像に迫る仮説はどれも矛盾がある。行動と結果があちこち不可解すぎて

人間らしくならないためだ

単に優柔不断で何も決められなかっただけ。全部誰かが勝手にやったこと。尊氏を語る上で様々な仮説がこれまでも登場してきました。最近になると研究者サイドから「これまで不可解とされてきた尊氏の行動だけど実は〇〇だから説明がつく!」と「合理的」に解説を何度か目にしたことがあります。最初は「なるほど、なんだ別に不可解でもなんでもないんだ」と私も納得したんですが…「ちょっと待て!それじゃ〇〇と□□における尊氏の行動・言動は矛盾してないか!?」と別の矛盾点が噴出。こうしてある仮説が登場すると、別の矛盾が噴出する。それだけ南北朝のラスボスは全てにおいて不可解な要素が付きまとい、後世の歴史家ですら把握しきれない部分が多い。それだけ「足利尊氏」という男は色々な意味で一筋縄ではいかない存在。そして…

結果的には「逃げ若」で描かれる人間離れした異能の怪物というキャラ像が一番「合理的」に見えてしまうマジックです。

それを象徴するのが次の一文です。

解説「不可解さを象徴する現象の一つが尊氏が絶対絶命の時、決まって敵が一斉に尊氏に降参する事

時行くん「わけがわからない…

…人間じゃない」

北条軍の将兵は次々に魂を吸い寄せられたかのように光が尊氏の下に集まり…

南北朝鬼ごっこ…〇〇〇鬼 足利尊氏

もはや判読不可能な領域の禍々しいイメージを放つ鬼の名。そしてこの絵。今までの「鬼」達とは全く違う次元の

端整な顔立ちの英傑と不気味な怪物が混然一体となって人々を蛾のように引き寄せる魔神

というまさに松井センセイ好みの異能のラスボス。人々を惹きつけずにいられないカリスマ英雄とそれらをまるで洗脳のようにわが物にしてしまう足利尊氏という男を象徴する見事な絵です。

佐々木道誉「大漁大漁一万騎は降参したか。流石は尊氏殿の御人徳よ」

それら南北朝のラスボスの人外の力を全て「人徳」と片づけてしまう判官殿。うーん、この人も絶対に尊氏の「正体」を知っていて惚けているな…そして容赦なく執事・高師直からの命令が下されます。一気に反転攻勢に出た足利軍の前にあっという間に北条軍は瓦解。あれほど奮戦が全ては嘘のように勝敗の決着がついてしまいました。時行くんもまた呆然としたままで弧次郎らが必死に退避させます。もはや目の前の事象の前には負けという感覚すら吹っ飛んでしまってもおかしくはありません。

かくして、南北朝のラスボスとの雌雄を決する戦の勝敗はあっさり尊氏一人の力の前についてしまったのでした。

 

〇執事は四季が好き

勝敗が決した戦場において戦後処理を行う足利軍の陣中。生気を失った兵士たちの中にいる吹雪に目を付けた高師直。実は吹雪、自らを「足利の下級武士」と卑下していたのですが、彦部氏という高一族…つまり師直らと同族の出身者であったのでした。そして足利学校時代から師直はそのずば抜けた才を見抜いていずれ家臣にしようと考えていた。本当に皮肉な事にその才幹は時行くんの敵である足利の最高幹部にまで目を付けられていたのでした。一人の屍を持ち出して、吹雪の技である二刀流を用いた「さかさきょう(すいません、変換できなかった)」を用いらせるとは師直…もはや南北朝のラスボスによって自我を殆ど無くした吹雪は言われるがままに技を炸裂させます。師直が言うには尊氏の力に中毒…やっぱり完全に「ヤバイ力」認識されているよ…するのは「以前にも力を浴びているか、心に強い飢えがあるか」京での南北朝のラスボスと時行くんらの対峙、そして自らの才を使いこなせる天下人を追い求めてきた吹雪が追い求めていた飢え…ああ、だからだったのか。あの時、時行くんは尊氏の怪物めいたイメージを見ていたの対して、吹雪はそれとは全く異なるイメージを見ていたシーン。あれが伏線だったのか!

 いずれにせよ師直として吹雪という並外れた才幹の持ち主を見出せたことで、彼の才能を活かす道を提示します。師直が無造作に持ち出した骸は叔父の子、つまり従兄弟で猶子としていた人間でした。猶子とは相続権の無い養子で、主に「親」となる貴人が引き立てたい相手の社会的地位を上昇させることで、結束を強化させる風習です。もちろん相続関係にないのですが、両者を関係をより強固させる狙いがあったりします。もっともこの従兄弟はあっさり顔面を踏みつぶされて戦死してしまい、師直としては特に感慨もなく、あっさりと吹雪を影武者に仕立て上げます。

高師直「顔を隠してこのガキになり済ませ。どうせ猶子なら弱い親族より強い他人がいい」

高師泰「ククク、呆れた合理主義だな。兄者は」

ちょうど今週放送されていた『葬送のフリーレン』で貴族が死んだ身内の身代わりにシュタルクを影武者を仕立て上げるストーリーがあって、どっちも政治的思惑が絡んでおり、いずれも吹雪とシュタルクの「素質」を見抜いての抜擢なのに、何だろう…師直にはひたすらマキャベリズムで人間の情が全く見えない。決して間違いではないし、能力を重んじ、それをフルに発揮させているし、やっていることは「正しい」ことなのに全く共感もできない。南北朝のオーべルシュタインも宜なるかな。もはや薄くなった自我の吹雪はただ言われるままです。吹雪の名を知った師直は彼に新たな「名」を与えます。


誕生、高師冬

それにしても『吹雪』→「冬」とか安直にもほどがある…でも実は実子の名前は高師夏、更に一族には師春、師秋もあり、

師直、絶対お前これ狙っているだろ!(笑)

そして吹雪→高師冬ということで、じつはこの瞬間確定したことがありました。それは

絶対に逃げ若は観応の擾乱まで描くこと

師冬はこの後、高一族の一員として活躍し、やがて関東における師直派の代表的人物になります。敵である足利の一員としての吹雪が再び時行くんと再会するのはそこまで機会がありません。そしてその時は恐らく師冬が時行くんらの前に立ち塞がる「敵」として登場するでしょう。しかもよりによって、その時にはあれほど時行くんらを「僚友の仇」としている筈の腹黒い弟の直義党の上杉憲顕も長尾景忠もそしてクソガキ…じゃないや諏訪頼継も深く関わってきます。複雑な南北朝時代を象徴するかのように服絶な人間関係が時行くんと吹雪の間に織りなすことになるのです。もっとも史実での師冬の結末を考えると、どう考えても悲劇しか見えてきません。あれほど絆を築き上げた関係が無残にも破壊されてしまった吹雪の心。

吹雪「…なんだろう。やりたい事が…あったような」

虚ろになり、今や足利の『高師冬』となった吹雪、彼が再び「我が君」と再会した時、彼が記憶を取り戻した時…果たして

それにしても吹雪の離脱は時行くんの逃若党に与えた影響は計り知れません。武芸においても、そして軍略において彼の才幹はこれまでの時行くんらの戦いにおける勝利の原動力であったのです。その最強の味方が宿敵である足利の一員となってしまう…これ以上ない残酷な展開です。

 

 

〇決別

完全に敗軍となってしまった時行くんら。残っているのは傷ついた元からの北条と諏訪の武士だけで、それ以外は降伏してしまいました。誰もが、南北朝のラスボスによる能力の前に意気消沈。そして時行くんにとっては吹雪というかけがえのない郎党を失ってしまう結果となったのでした。

頼重さん(まさかあの吹雪が…三浦と同じく寝返らないのは最初に会った時神力で見えて…

!!!)

まさかあの「未来見えない」期がここへきて残酷な伏線となって回収される時が来ました。あの時、頼重さんは未来を見えていない状態で、時行くんの願いを受け入れていた。それが今跳ね返ったのです。でも難しいよね。時行くんにとっては吹雪は初めて自分が惚れ、見出した郎党。彼の願いをはねつけられるわけもなく、何よりもこれまでの戦術面での逃若党の勝利は間違いなく吹雪という存在があればこそ。

頼重さん「…完敗だ」


すべての流れは尊氏に味方し、それに戦いを挑んだ自分たちは完全に「運命」の名の掌で踊っていただけだ、というどうしようもない結論にたどり着いてしまった頼重さん。敗北を受け入れ、そしてある決意をします。

 

時行くんたちを逃がし、そして自分は全ての責任を背負って犠牲になる覚悟を決めた頼重さん。これまで一緒にいたのに、と食ってかかる時行くん、そして我が子同然の存在と思えばこそ断固自分が犠牲になる覚悟を決めた頼重さんの壮絶な口喧嘩。


これほど感情を露にして衝突する時行くんは初めてです(涙)

辛いよ…お互いにお互いを大切に思えばこそなのに…そして

頼重さん「…仰る通り。はなから我らは他人でした。そなたとは郎党の縁も切る。今よりこの戦は私の戦だ」