〇水軍の山城

紀伊中部に大きな勢力を誇った紀伊の水軍衆・安宅氏。本城と呼ばれた居館は平地にありますが、その背後には山城がありました。

ちょうど、居館から道路をまっすぐ上流上がっていった所にあります。

ちょうど登り口にあり、非常に登りやすい構造となっていました。

これがなかなか技巧を凝らした構造となっており、紀伊中部においては貴重な史跡となっています。

ただ、そこはここも山城

12月とあってまだマシですが、これは真夏では非常に地獄のような急斜面です。

 

空堀跡

空堀跡2

堀切

一の曲輪跡に到着しました。ここは神社となっていた(現在は廃絶し、祠が残るのみ)関係で、かつての城の礎石などが一か所に集められる改変がなされましたが、地形そのものはかつての城のそれを維持されています。

周囲を土塁が張り巡らされていました。

大土塁の上部

二の曲輪跡

土塁

堀切

一の曲輪にある神社の楚石

二の曲輪

 
安宅八幡山城は和歌山県中部においては遺構が良好に保存されており、かつての安宅氏の勢力の大きさが伺えます。この城ができた経緯としてはやはり戦国時代の乱世による影響がありました。16世紀初頭、紀伊は守護の畠山尚順方の小山氏・安宅氏と反守護方が日置川流域で合戦が繰り広げられており、また出土した土器からは火災の痕跡が検出されており、この時に落城した可能性が指摘されています。

 

〇アクセス

JR紀勢本線紀伊日置駅から徒歩25分で登り口、そこから徒歩15分で主郭

 

「安宅八幡山城に狼煙が一本…」