〇安宅水軍の地へ

鬼ヶ城からバスに乗車して、熊野市駅へ。

ちょうど特急南紀が入ってくる頃でした。

次の普通列車を待ってしばらく待機。そういえば、ここは赤木城へと行くときにも降りたなぁと懐かしい思い出が。南紀はなかなか訪れる機会がない分、思い出も鮮明に残っています。

新宮方面への普通列車がやってくるのを待って出発

新宮からはJR西日本の電化区間に入ります。ただ、紀勢本線もかなりの利用客不足に悩まされ、白浜以南は特急も減便されるなどかなり厳しい状況です。本線といえども厳しい時代が続きます。

ここでも新しい新型車両が配備されていました。

今乗っているこの車両も間もなく引退時期を迎えます。車両は世代交代が着々と進んでいる状況。

今回の目的地である紀伊日置駅に到着しました。

当駅は駅前も人家がまばらです。当然ながら観光案内所などはありません。

しかし、ここにある安宅氏の城跡群地図が記載されているのでありがたい。ここ紀伊水道に注ぐ日置川の下流はかつて安宅荘と呼ばれ、水軍領主安宅氏の拠点が置かれていました。まずはこの中で一番訪れやすい平地の安宅本城を訪れます。

日置川の橋を渡り、

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橋の先にある道路から見えてくるあの民家と畑跡がかつての安宅本城と呼ばれる城跡です。

あまり民家の敷地には入れませんから、慎重に近づきます。

かつて水軍領主の館があった跡に僅かに残る堀跡と石垣

 

安宅本城跡にはかつて大溝跡や多数の柱穴・礎石などの遺構や備前焼や中国製陶磁器などが出土しています。さてここからこの安宅氏が築いた貴重な和歌山県の史跡へと向かっていきます。

 

〇安宅氏の紀伊本拠

安宅氏は鎌倉末期に熊野海賊制圧の目的で、幕府により阿波から紀伊に派遣された水軍領主でした。淡路で、三好氏や織田信長配下となり、「安宅八家衆」と称した安宅氏は、この地から淡路に移った一族でした。

 

〇アクセス

 

JR紀勢本線紀伊日置駅から徒歩20分

 

「安宅本城に狼煙が一本…」