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〇一色氏最期の抵抗

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伊根の街観光と伊根城攻略を終えた次なる目的地は弓木城。ここは先の宮津城で紹介したように丹後国守護であった一色家が北近畿制圧を目指す織田家家臣の細川藤孝に最後まで抵抗するために籠城した城。最終的に藤孝は力攻めで落とすことはできず、和議という形で終わりましたが、その後…

伊根からの帰り道はひたすら海岸沿いの道を淡々と進んでいきます。ナビの目標設定は弓木小学校で設定して向かいました。

弓木小学校もまたかつての弓木城の城跡の一部でしたが、現在では学校敷地となっており、遺構は消滅してしまっています。車はこの向かいに駐車場と案内板があり、ここで駐車しての城散策を開始します。城は高台の丁度崖に当たる部分に設けられており、下からだと凄い汗だくになることは必至。こんな時は車なら高台まで行けるのでありがたい。

駐車場のすぐ裏手に城跡の遺構であるか空堀と

見下ろすような高台と切岸の遺構が見られます。

8月とあってかなり雑草が生い茂っていますが、それでも観察すれば遺構の残りは十分

幸い、城跡は城山公園となっているので遊歩道が整備されているのでありがたい。

曲輪の一部に城山稲荷が置かれており、ここまでは階段で登ることができます。

ただし、ここはまだ主郭ではありません。うっかり登り切ってこれで終わりになったらいけません(笑)

更にその先の

この一帯が主郭となっています。

弓木城の石碑

ここは幾重にも折り重なった曲輪があちこちに併設されているのが特色

主郭の下部には何か所に設けられています。

この辺も流石に大大名織田の勢力をバックにした細川藤孝の軍からも守り切ったとあって非常に守りに力を入れていた様子が伺えます。

切岸と

周囲は結構見るとかつての城跡としての姿を見ることが出来ました。城山公園となっていたのですが、思ったよりも形状はかつての城のそれを保っているようです。

駐車場からすぐ傍にあるので、真夏でも汗だくになることなく城を散策できたのは非常に助かりました。一色氏が最後まで抵抗し続けた堅城だけあって非常に見ごたえがありました。
 
〇一色氏滅亡後も生き延びた城主
さて元々一色氏が居城としていたのは建部山城という城で、この城はこの地の国衆であった稲富氏の城でした。一色氏の家臣であった稲富氏のこの城に丹後侵攻を受けて、主筋の一色氏はこの城に立て籠りましたが、その後一色氏がどうなったかは宮津城で説明した通り。しかし、四代目であった稲富直家は当時稀代の鉄砲の名手であったために、滅亡を免れて、細川氏に仕えた後には秀吉、家康という歴代天下人にも重用され、最終的に徳川御三家の尾張藩の家臣となったのでした。丹後における中世終焉の地となった弓木城は現在でもこの一帯では一番の城跡となっています。

 

〇アクセス

京都丹後鉄道岩滝口駅から徒歩30分で城山公園

 

「弓木城に狼煙が一本…」